聖母のマリ子
「愛の囁きが聞きたいんだよね?」

 薔薇が見頃だという庭園の中程にあるガゼボに、気持ちのいい爽やかな風が吹き抜け、色とりどりに咲き乱れる薔薇を揺らした。

 確かに、愛を囁くには絶好のシチュエーションなのかもしれない。でも今はそんなの求めてなかったよ!?

 エドは私の手をとり指先に軽くキスをした。

「こうして軽くキスしただけで照れてしまうマリコが、私はかわいくて仕方がない‥‥ほら、頬がピンク色に染まって余計にかわいくなってきた‥‥ああ、マリコは本当にかわいいな」

 エドの左手が私の右頬を撫でるように包み込み、その冷たい感触で自分が赤面していることを自覚させられる。それが更なる羞恥を呼び起こし、より頬が熱くなるのを感じた。

 その様子を間近で見ているエドがそれに気づかないはずもなく‥‥

「そんなに顔を赤くして‥‥あまり私を煽らないで?口紅の下に隠されている色まで確かめたくなってしまう‥‥」

 頬を撫でている親指が、唇にそっと触れた。

 昨日私とエドはそれを合図に濃厚なキスを交わした。なのにこんな些細な触れ合いで私の心臓はペースを乱され、戸惑いを隠しきれない。

「ふふっ、今日はこのくらいにしておこう。君に愛を囁く時間はこれからいくらでもある。楽しみは小出しにしよう」

 こめかみの辺りに軽いキスを落とし、エドが逃げるようにさっと距離をとった。

 正しいお茶会の距離感を取り戻してほっと一息つくも、なんだか少しもの足りないような‥‥

「マリコ、その顔は駄目だよ?また君に近づきたくなってしまう」

 エドの指摘で私の顔に熱が戻ってしまう。

「はあ‥‥我慢を強いられるこっちの身にもなって欲しいよ‥‥」

 結婚式までの間、私達はそんな恥ずかしい攻防を繰り返し、順調に関係を深めていった。ここは日本ではないので、清く正しく美しい、完璧なまでのプラトニックな関係である。

 色々我慢しているであろうエドも大変そうではあったが、私だって大変だった。

 いっそやることをやってしまえばこんな恥ずかしい責苦を受ける必要がなくなるのでは!?と何度となく考えた。

 そもそもエドが煽ってくるのがいけない。私を煽らなければ彼も我慢を強いられることはなくなるだろうに‥‥彼はそういう性癖なのか?

 結婚してしまえばこのせめぎ合いに終止符が打たれるのかもしれない‥‥エドの性癖が至ってノーマルであることを祈ろう。
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