聖母のマリ子

赤ちゃん

 ジャンさんのおかげで私は無事妊娠した。

 ところがその直後から転生前の夢を見るようになり、その多くは出産時のものだった。覚悟はしているつもりだったが、死んだ記憶がその想像を容易く上回ったのだ。

 うなされて目を覚ますと、いつもエドが抱き締めて背中を擦ってくれている。夢の中で死を繰り返す度に、私はエドの胸にすがりついて震えて泣いた。

 また、死ぬかもしれない‥‥

 恐怖に怯える私を、エドが励まし続ける。

「大丈夫。マリコは絶対に死なない。私がマリコを守るから。マリコは私が死なせない。何があっても私がなんとかする。だから心配しないで。絶対に大丈夫。約束するよ‥‥」

 安心して私が寝付くまで、繰返し繰返し‥‥

 エドのおかげで眠れても、次は会えなくなった赤ちゃんの夢。

 あれから2年近くが経ち、成長したあの時の赤ちゃんが私を泣いて責めるのだ。

『ママはどうして私を置いてきぼりにして死んじゃったの?どうして抱きしめてくれなかったの?私が寂しくて泣いていた時、ママは何してたの?酷い!酷いよ!』

 私は本当に新たな命を授かって良かったんだろうか‥‥私にそんな資格はなかったんじゃないのか?私はあの子に恨まれてるんじゃないか?

 魔力で成長が促され半年で出産に至るというだけのことはあり、もの凄い早さでお腹が大きくなっていた。それが私を更に不安にさせる。

 妊娠を望んだのは私なのに、そのことを何度も何度も後悔した。

「マリコ様~」

 そんなある日、産休中だったはずの熱血侍女ペニーが、産まれたばかりの赤ちゃんを連れて遊びにやって来た。

 結婚式の日、ペニーは私の護衛だったブルーノに一目惚れしていたのだという。神殿所属のブルーノは結婚後私の護衛ではなくなったが、ペニーは足繁く神殿に通ってブルーノにしつこく言い寄り口説きおとしたそうだ。そしてとどめの授かり婚。さすがは熱血!である。

 ペニーの腕の中で気持ちよさそうにスヤスヤと眠っている赤ちゃんは、私が最後の時に目にした赤ちゃんよりも少しふっくらとしていた。

「かわいいね‥‥」

 その言葉と同時に涙がこぼれ落ちた。

 ペニーの赤ちゃんが凄く凄くかわいくて、だからこそ、あの時残してきてしまった赤ちゃんのことが思い起こされる。

 私はこんなにも小さくて儚い存在を手放して死んでしまったのか‥‥あの時、ほんの一瞬でも抱きしめてあげることは本当にできなかったんだろうか?生きてあの子を抱きしめてあげることが、本当はできたんじゃないのか?

 後悔と罪悪感ばかりが胸にこみ上げる。
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