聖母のマリ子
「マリコ様!ほら、見て下さい!かわいらしい女の子ですよ!」

 産婆さんが生まれたての赤ちゃんを私の胸に乗せてくれた。

「かわいい‥‥」

 デジャブのようなその光景に一瞬戸惑ったものの、それでも私は震える手で赤ちゃんを抱きしめる。そう、私は今度こそ赤ちゃんを抱きしめることができたのだ。

「ああ‥‥凄くかわいい‥‥」

 私はあれから間もなく出産の時を迎えた。妊娠がわかってから3ヶ月ちょっと。前の世界ではまだお腹も目立たなかったこの時期に、健康で元気な赤ちゃんが産まれてくるのだから本当にビックリだ。

 出産も回復魔法や治癒魔法をかけられながら進むので、痛みや疲労はほとんどない。赤ちゃんが産道を進んでくる感覚を追って、私はそれを手助けするだけという感じである。

 産婆さんの魔法技術にもよるし、逆子だったりへその緒が巻きついていたり等のトラブルがあればそれなりに危険を伴うが、基本的にはこれがこの世界の普通なのだという。

「これなら100人生んでも大丈夫だな‥‥」

「マリコ‥‥私達の子供は確かに凄くかわいいけど、それでは私達が愛し合う時間が足りなくて寂しい。子供はそんなにいらないよ?」

 私の言葉を本気にしたエドが動揺している。

 生きて出産を終えることができたことで、私はかなり楽になったと感じていた。最後につかえていた『死への恐怖』という重みが外れて軽くなった心と体に後押しされた私は、これまで口に出せずにいたエドへの想いをようやく伝える決心をした。

「ふふっ、冗談だよ。私だってエドとの時間を大切に思ってる。エド、大好き、愛してる‥‥」

「マリコ!私も君を愛してるよ!絶対に私の方が君を愛してる!私は君を一生離さない!好きだ!愛してる!ああ、君から愛の言葉を聞けるなんて‥‥嬉し過ぎて頭がどうにかなってしまいそうだ!」

 私が想いを伝えなかったことは、思っていたよりもエドを不安にさせていたらしい。興奮したエドが壊れたおもちゃのように『愛してる』を連呼し始めた。

「ふんぎゃあ‥‥」

 私の胸でおとなしくしていた赤ちゃんが、エドの喜びの声に驚いて泣き出してしまった。

「ああ!ごめん!驚かせてしまったね!だが泣いてる君もかわいいな‥‥」

「本当に、凄くかわいいね。私達の赤ちゃん」

「ああ、本当にかわいい。でも私にとってはマリコも凄くかわいいよ?甲乙つけがたくて困ってしまうな」

「この子に名前をプレゼントしなくちゃね?」

「そうだな、どんな名前がいいだろうか‥‥」

 私は転生先の異世界で、この2人と家族になった。幸せの予感に胸が奮える。
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