偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~
「まったく、面倒ですが仕方がないですよね。出直しましょう」
面倒……?
勝手に押しかけてきておいて――!
「今後は事前に連絡をください。こんな風に突然押しかけられるのは、迷惑です」
「りと! 誰を相手に――」
「――ずっと会っていなかった父親を連れてこられて、私も力登も混乱しています! それくらい……わかってください」
力登を守れるのは、私しかいない。
暴力を振るわれるとは思わないけれど、カッとなったらわからない。
それに、力登が怯えているのは事実だ。
息子の不安や恐怖を取り除くには、この二人を追い出さなければ。
「帰って」
登さんがまた舌打ちした。
そして、父に「帰りましょう。ホテルまでお送りします」と言って出て行った。
父がチラチラと振り返っても、私は彼に背を向けたままでいた。
「ままぁ」
私は力登を抱いたまま玄関に行くと、鍵とロックを確認した。
そして、三十分前に一度入ったベッドに潜り込む。
「もう、大丈夫だよ」
愛息のおでこにキスをして、激しい鼓動を落ち着けようと、深呼吸する。
力登の柔らかな髪を指で梳きながら、頭を撫でていると、すぐにすーっと穏やかな寝息が聞こえ始めた。
良かった……。
もっと、興奮してグズるかと思った。
「ママが守るからね」
そうは言っても、怖い。
登さん自身は気の弱い人だけれど、彼の祖父から始まってお義父さまの代で急成長を遂げている西堂グループは、怖い。
後継ぎだからと、力登を奪われる可能性もある。
実際、私が義両親に登さんがしたことを話して離婚したいと言った時、匿ってもくれたけれど説得もされた。
最終的には、息子が孫に危害を与えることになってはいけないと、離婚させてくれたけれど、条件としてこのマンションで暮らすように言われた。
金銭的な援助は断った。
さすがに、わかる。
離婚生活は、登さんを冷静にさせるため、力登が私の手を離せるくらい成長するまでの時間稼ぎだと。
彼らが本気で力登を手に入れようとしたら、私じゃ太刀打ちできない――。
怖い。
本音を言えば、すごく怖い。
実の父親の出現も、登さんも執着も。
理人……。
助けてと、言いたい。
言えたら……?
きっと、助けてくれる。
理人なら、父親の前科も気にしないかもしれない。
本当に……?
理人が私に、偽装を超えた好意を持ってくれているのはわかる。
きっと、私の気持ちだってバレてる。
それでも、バツイチ子持ちな上に父親が前科者だなんて、さすがに面倒になるだろう。
現に、こうして突然現れた。
彼の現況は知らないけれど、見た感じではお金に困っているのではないか。
だとしたら、登の言いなりだ。
既に、いくらか貰ってしまったかもしれない。
ホテルまで送る、とか言ってたし。
父親に使ったお金を、私に請求するかもしれない。
払えないなら帰ってこい、とか姑息なことを言いそうだ。
ドラマでは違和感ない展開でも、現実では違う。
それでも、そんな人間が確かにいる。
長年秘書をやってきて、私利私欲のために人を罠に嵌めて会社を乗っ取る人間を何人か見た。
登だって経営者の端くれだ。
それくらいの知恵はある。
理人に、迷惑はかけられない……。