偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~
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「本日は、娘の願いを聞き入れてくださり、ありがとうございます」
只野物流の社長、只野耕市が深々と頭を下げる。
頭のてっぺんが寒そうだ。
「いえ、お嬢様が私との見合いを強く希望されているとのこと、大変嬉しく思っております」
俺も、頭を下げる。
瞳を輝かせて俺を見つめる姫は、真っ青なアイシャドウが青痣のようだ。
不自然に長すぎる睫毛は寸分の乱れもなく揃って半円を描いているが、瞼に刺さってはいないのだろうか。
鳥の巣のような髪型も健在で、華のモチーフの簪のお陰でフラワーアレンジメントのようだ。
四十歳、バツ三か四の身でピンクの振袖を着て来たことには、俺だけでなく副社長もしばらく呆けていたが、ある意味その勇気と言うか我が道を行く、いや、我が道しか見えていない、この世の常識は私が作る! くらいの気概は感心する。
父親の髪の寂しさの原因の九割は心労だろうな。
「二人は面識があるようですし、形式ばった見合いは必要ないでしょう。只野社長、あとは二人に任せて、我々は場所を移しませんか」
副社長が打合せ通りのことを言った。
「ですが――」
只野社長が横目で娘を見る。が、当の娘は正面に座る俺から視線を逸らさない。
「――只野社長。出過ぎた真似かとは思いましたが、地下の中華レストランに予約を入れてあります。副社長は中華がお好きですが、社長はいかがでしょう?」
「中華? いいですね」
只野社長は中華料理が大好きだ。
以前、仕事で一年ほど中国に滞在していたかららしい。
その時に中華料理の美味しさを教えてくれた家政婦を、帰国の際に連れてきてしまうほどの気に入りようだった。
その家政婦は、妻が風俗送りにしたって噂だが、姫の母親だと思えば納得できるな。
只野社長は娘に何やら、長々と耳打ちして、出て行った。
娘はじっと俺を見ているだけで、父の声が届いているとは思えないが、最後に一度だけ頷く。
部屋に二人きりになると、姫は顔の前で両手を組み、肩をすくめた。
「私、今日が楽しみすぎてここ二週間ほど寝ていませんの! もし、倒れてしまったら介抱してくださいます?」
いや、倒れて俺を解放してほしい……。
もちろん、言えるはずはない。
「体力がないのは、心配ですね」
「え?」
姫を見つめ、ふっと微笑む。
「結婚生活は体力勝負では?」
姫がぱあっと瞳も口も鼻の穴も開いて、頬に手を添える。
「いやだわ、理人さんたら! ソッチの体力はご心配に及びませんわ。自信がありますの。飲み干してさし上げますわ」
くねくねと上半身を揺らす。
その度に、鳥の巣がゆっさゆっさと振られるから、中に鳥がいたら地震だと思って飛び立つだろう。