偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~
俺は腹上死ならぬ腹下死を想像し、背筋が冷えた。
目の前の湯呑みを両手で持つ。
ゆっくりとお茶をすする。
「今、二週間前から寝ていないと仰いましたが、私が見合いについてお聞きしたのは一週間前です。なぜ、二週間なのですか?」
「正式なお見合いを申し入れたのは一週間前ですが、二週間前には理人さんが私との縁を望んでいらっしゃるとお聞きししていましたの。すぐに父から御社の副社長さんに話を通していただき――」
「――西堂建設の社長は御社の副社長の奥様と同郷だそうで、当然ながら我が只野物流と西堂建設は――」
只野姫と西堂登。
俺が二人に感心することがあるとしたら、相手の欲しい情報を察知する能力だろう。
一の問いに十で応える。
これは、なかなかできることじゃない。
「――そういえば、西堂建設はKANOとも懇意にされているようですね。顔が広くて羨ましい」
「え? ああ。懇意だなんて。KANOのバカ娘が、西堂なんて大手を手玉に取ろうとして失敗したんですのよ」
「手玉?」
「ええ。取引が何たるかも知らないクソおん――箱入りのお嬢様が、西堂を脅そうとしたらしいですわ。USBを渡しているところを写真に撮られるなんて、マヌケですわよね」
USB……。
『二週間前』『縁』。この二言で登が絡んでいることがわかった。
そして、見合いを繋いだ『西堂建設社長』。
鹿子木は登からりとの情報をもらい、広め、それをネタに登を脅そうとした?
USBとはなにか。
「姫さんは、KANOをよく思っていらっしゃらないのですか?」
「気にも留めておりませんわ」
胸の前で腕を組み、唇を尖らせる。
「よろしければ、理由を教えてくださいませんか。私の愛する女性の憂いを晴らすためにも、ぜひとも知っておきたいのです」
姫の鼻の穴が大きく開き、フンッと湯呑をひっくり返せそうな勢いで息を吐く。
「嫌だわ、理人さん! 私、恥ずかしいわ。愛する女性だなんて! いやん!」
「……」
耐えろ。
愛する女性のためだ。
「すみません。つい、本音が口をついてしまいました」
「これからは、本音が口の中にあるうちに私が飲み込んでさし上げますわ」
人差し指を立てて唇に押し当てる。
そして、唇がゆっくりと開き、真っ赤な舌先が指を舐める。
頭から丸呑みにされそうだ。
「気を悪くなさらないでね? 今は、心も身体も理人さん一筋ですのよ」
「ええ」
姫がぬるくなったお茶に口をつける。
驚くほど湯呑が似合わない。
「以前お付き合いしていた方が、KANOのお嬢様に唆されてしまったんですの。若いだけの身体で籠絡されて、会社の情報まで渡してしまったとかで、無職になってしまって。私、お支えしましたのよ? ですが、もうこれ以上私に迷惑はかけられないと言って――」