偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~
「なぁ、りと」
「……」
「頼みがあるんだ」
「な……に?」
「本音を言ってくれないか」
「本音?」
「ああ。嘘でもいいから」
乱した髪をかき上げ、今度こそ彼女の表情《かお》をしっかり見ておこうと覚悟を決めて顔を上げた。
「なに、それ――」
「――寒くて堪らないのは、俺だけか?」
「……っ」
「俺は、りとと力登がいなくて凍えそうだよ」
りとがひゅっと息を呑む。
見開かれた瞳の奥で、ヘタレな俺が揺れた。
たった一言が欲しい。
そんなこと、初めて思った。
どんなことをしても救い出す。
りとの答えが何であろうと、それは変わらない。
だが、救い出したその後は……?
彼女の口から、聞きたい。
『その後』の俺たちを。
りとの唇が少しだけ開き、閉じる。
彼女の瞳が伏せられ、開かれた。
そして、ゆっくりと俺に背を向けた。
だめ……か。
パタンとドアが閉まり、カチャリと施錠された。
「私だって……寒い」
立ち去るかと思ったりとがドアのこちら側にいる。
「寒くて、寂しくて! 怖くてっ――」
震える声、そして、肩。
「――あなたが愛おしすぎて苦しい……わ」
いつかの、答え。
聞きたかった、答え。
俺はやっと、手を伸ばした。
りとの顔を隠す髪を指ですくい、掌で頬を包む。
睫毛が濡れていた。
親指の腹でそっと拭う。
彼女が目を細めて俺の手に顔を傾けた。
その仕草が、力登に似ていた。
「好きだ」
「私……も」
りとが瞳を閉じた。
俺は目を閉じなかった。
誰に口づけているのか、確かめていたかったから。
唇がそっと触れ、どちらからともなく互いの唇を食む。
互いの吐息が、互いの口の中に吸い込まれる。
りとの腰を抱き寄せた時、彼女がまだ紙袋を持ったままだと気が付いた。
それは彼女も同時で。
俺は彼女の手から紙袋をすくい取る。
「それ……」
「ん?」
俺がシューズボックスの上に置いた紙袋を見ていたりとが、ふいっと顔を背ける。
「……なんでもない」
全く以て、なんでもなさそうじゃない。
中を見て、りとはどんな気持ちで届けに来たのだろう。
「妬いたか?」
「……まさか」
「妬くだろ。好きな男が他の女から赤いリボン付きのプレゼントなんて貰ったら」
自分の変わりように、寒気がする。
女の嫉妬なんて、煩わしいことランキングのトップ5に入るはずのことなのに、今の俺の台詞はまるで妬いてほしい、と言っているようなもんだ。
いや、確かに言った。
妬いてほしい、と。
そんなものは受け取るな、と言って欲しい。
「嘘……だもの」
「え?」
「嘘でもいい……って言ったわ」
「言ったな」
「だから――」
「――本音を言え、とも言った」
りとの旋毛に口づける。
「矛盾してるじゃない」
「そうだな」
額にも。
「バカ……」
「ホントにな」
女に『バカ』と言われて嬉しいなんて、イカレてる。
そんな自分も悪くないと思うのだから、末期だ。
そう思うと、笑えた。
「なに、笑ってるの」
りとが不思議そうに、少し不機嫌そうに俺を見る。
女の上目遣いなんて見慣れているし、なんとも思ったことがないが、好きな女のそれは違うらしい。
さっきの『バカ』といい、可愛くて仕方がない。
だから、そう言った。