偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~

「りとは、なん……て言った?」

「……もう、会えないんだよ……って――」

「――明日からは『仕事が終わったら迎えに来る』って言ってくれ」

「――っ!」

「りと。俺は、嘘は言わない。お前と力登には、絶対に言わない」

「でも――っ」

 滾る熱を彼女に押し付けた。

「りと」

「……?」

「このまま挿れてもいいか?」

「――っ」

 そのまま、じっとりとを見つめる。

 わずかでも力を入れたら、きっと簡単に滑り込む。

「無理やりにでもそうしてお前と力登が手に入るなら、聞いたりしない」

「りひ――」

「――決めるのはお前だよ、りと」

「私、は……」

「忘れるな。俺を動かすのも止めるのも、お前だ」

「できない……」

 りとが、両手で顔を覆う。

「愛してるから、できない……」

『愛してる』

 何度も聞いた。

 俺は一度も言ったことがないが、何度も言われた。

 女の『気持ちいい』の代名詞のようなものだろう。

 なのに、聞き慣れたその言葉が、喉を塞ぐ。

 鼓動が加速する。

 苦しさに涙が滲む。

 下瞼に溜まった涙が垂直に落ちて、彼女の胸を濡らした。

「別れのセックスは、しない」

「……っ」

 俺は腰を引き、ベッドから下りた。

 りとも身体を起こす。

 脱ぎ捨てた服を拾い、彼女のものは彼女に渡した。

「理人……」

 俺は手早く服を着て、ベッドの端に腰かけた。

 りとからは顔が見えない位置に。

 前屈みになって、足の上で手を組む。

 ごそごそと衣擦れの音がする。

 ギシッとベッドのスプリングが軋み、りとが転がったスニーカーを拾い上げた。

 視界の端にいるのに、視線を向けられない。

「偽装でも、理人と恋人になれて楽しかった……っし、幸せだった」

「……」

「でも、もう……おしまいね」

「力登のためか?」

「……っ」

「嘘が下手すぎるだろ」

「嘘『でも』いいんでしょう?」

「……ああ」



 そうだ。

 嘘『でも』、本音『でも』いい。



 視界の端から、彼女が消える。

 それでも、俺は自分の手を、真っ白な爪を見ていた。

「一ヵ月」

「……え?」

「仕事が終わるまで、一ヵ月だ」

「……」

「力登に、そう伝えてくれ」

「意味なんて――」

「――わからなくていい。それでも、伝えてくれ」

「……わか……った」

 ひたひたと、静かに足音が遠ざかって行く。

 このまま行かせていいのか。

 足元に跪いてでも、引き留めるべきじゃないのか。

 そうしたいんじゃないのか。



 そうしたい。

 当たり前だ。



 だが、それでは変わらない。



 りとの恐怖は拭えない――。



「りと!」

 それほど大きな声を出さなくても、静まり返った部屋の中だ。玄関まで声が届く。

 それでも、確実に言葉を届けたくて、声を張る。

「次はやめないからな!」

 バタンッとドアが閉まる。

 三秒して、俺は寝室を出た。

 玄関に置き去りの紙袋を持ってリビングに行き、赤いリボンを解く。

 封筒の中には、数枚の写真と、QRコードと数字が載ったカード。

 俺はスマホでQRコードを読み取り、求められたパスワードの窓にカードの数字を打ち込んだ。

 八桁のその数字は、恐らく姫が言っていた婚約パーティーの日時。ちょうど一ヵ月後の土曜日、十六時。

 再生の三角ボタンが現れて、それをタップした。
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