偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~
11.婚約パーティー
「ママ!」
泣き疲れて眠ったという息子は、目の周りが真っ赤で、どれほど必死にこすったのかがよくわかる。
そっとベッドに入った。
いつもならば起きないのに、身じろぎもせずに目を開けたところを見ると、眠りが浅かったのだろう。
幼いながらに、自分が置かれている状況が、自分にとって好ましくないとわかっているから。
そして、唯一の拠り所である母親の緊張感を察知して。
「ただいま」
「おかーり」
私の胸に顔を押し付けるように蹲る息子を、両手でしっかりと抱きしめる。
そして、おでこにキスをした。
「一人にしてごめんね?」
「しっちょは?」
「え?」
「しっ、しっちょーは……?」
吐息と涙で、胸元が熱い。
もう会えないと何度も伝えてるのに、力登は何度も聞く。
そして、泣く。
まるで、私の返事がわかっていて、それでも違う返事を求めるように。
以前から、テレビで彼に似た背格好の男性を見ると、思い出したように「しっちょーだ!」と指さしたが、こうして何度も聞くようになったのは、登さんがマンションに来るようになってから。
力登が求めるしっちょーとは似ても似つかない男性が、自分をパパと呼べと迫ったり、母親に馴れ馴れしく触れるのだから、面白くなかったのだろう。
私は息子の頭を撫でた。
伝えるべきではない。
子供だと侮ってはいけない。
期待させるのは可哀想だ。
でも――。
『一ヵ月後、仕事が終わったら迎え行く』
信じたい。
期待したいのは、私も同じ。
「お仕事が終わったら……迎えに来てくれるって」
もぞもぞと布団から顔を出した力登は、瞳一杯に涙を溜め、それでも悲しそうではない表情で私を見上げる。
「なんじ?」
「え?」
「なんじ?」
いつ? と聞きたいのだろう。
おやつの時間を待ちわびる子供が、母親に「今、何時?」としつこく聞くCMを見てから、力登がたまに言うようになった。
「三十回、寝たら……」
「おやーみ!」
力登が布団に潜る。
が、すぐに顔を出す。
「おは!」
これで一回、寝て起きたと言いたいのだろう。
「力登。朝ご飯を三十回食べないといけないの。お昼ご飯も、夜ご飯も」
「……いやいや」
「なにが?」
「ぽんぽん、いっぱいよ」
「りき……」
「いっぱいよ!」
お腹がいっぱいだからご飯はいらない、と訴える息子のいじらしさに、私も涙が止められない。
「りき、しっちょーが迎えに来てくれるまで、ママとたっくさんお喋りしよう」
「……」
「しっちょーに、お喋り上手になったよって……教えてあげよう」
力登の頬を撫でる。
私の言葉の半分も理解できていないだろうが、それでも、いつもと違う答えと、それを手放しで喜べないことはわかっているはず。
「しっちょーに……力登の気持ちが伝わるように、練習しよう? 練習して、待っていよう?」
力登の瞳に大粒の涙が溢れる。
「しっちょ……くる?」
「うん。来るよ」
「なんじ?」
「しっちょーも力登に会いたいって」
「りきも」
「うん」
「ママは?」
「ママも、会いたい」
抱きしめて、おでこにキスをして、頭を撫でる。
しばらくして、鼻水をすするような寝息が聞こえてきた。
「ごめんね、力登」
息子の頭に頬擦りすると、私の涙が彼の髪の毛を濡らした。
「臆病なママで、ごめんね」
何もかも打ち明けて、縋れたら。
そう思った。
でも――。
「力登だけは、絶対守るから」
私は女である前に、母親だから――。
それから、針の筵のような生活が始まった。
強制的に登さんの実家に引っ越しさせられた。
仕事に行くことは許されたが、力登は保育所をやめさせられ、登さんの母親とベビーシッターと共に過ごすようになった。
人質のようなものだが、二人は力登を大切にしてくれた。
私に同情してくれた登さんの両親が、登さんが一緒に暮らすのはまだ早いと言って、力登と二人きりにならないようにも見張ってくれている。