偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~
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「ドレス……か」
会社近くのカフェでスマホを弄りながら、思わず呟いてしまった。
理人の婚約パーティーまであと三日。
私は未だに着ていくものが決まらずにいた。
そもそも、着飾るの……嫌だな。
何が悲しくて、好きな男の婚約パーティーに着飾って元夫と出席しなければいけないのか。
頬杖を突き、パーティードレスのサイトをタップする。
店内は混んでいて、注文したチキンと栗のドリアはまだ届かない。
「はぁ……」
「相席させていただいてもいいですか?」
「え?」
顔を伏せていたから、すぐそばに女性が立っていることに気が付かなかった私は、ハッとして声の主を見上げた。
「東雲……さん?」
「こんにちは」
東雲専務の奥様、梓さん。
最近やっとつわりが落ち着いて、毎日梅おにぎりを食べていると専務からは聞いていた。
米を食べられるようになったからか、顔色がいい。
「どうぞ、座ってください」
「ありがとうございます」
梓さんが椅子を引くと、すぐに店員さんが水のグラスを持ってきた。
彼女はメニューを見て、さほど悩まずに梅しそ冷製パスタを注文した。
「お昼休みでランチしてる……で合ってます?」
「はい。あ、専務は――」
「――彼には内緒にしてください」
「え?」
「外出すること言ってないんです。やっとつわりが落ち着いたところで、一人で出歩くなんて許してくれないだろうから」
「そうですね。そんな気がします」
秘書と言ってもスケジュールに関して、私は専務としての部分しか管理していない。
広報部長としてのスケジュールはご自分で管理されているから、どれほど無理をしていらっしゃるか、実際のところはわからないけれど、とにかく早く帰宅できるようにと頼まれている。
家にいる奥様を一人にさせたくないと思うのならば、外出なんてもってのほかだろう。
「ドレス? ですか?」
梓さんが私の手元を見て、聞いた。
「はい、ちょっと……必要で」
「俵さんの婚約パーティー」
ドキッとした。
理人の友人である専務は当然知っているのだから、奥様も知っていて不思議ではないのに。
私はスマホをぎゅっと握りしめ、画面を消した。
「どういうつもりか、聞きました?」
「え……? 誰に――」
「――俵さんにですよ」
専務は私と理人の関係に気がついているようだった。
ならば、やはり奥様だって知っているだろう。
けれど、私が今、元夫の実家に身を置いていることは知らないはず。
招待状が、元夫経由で渡されたことも。
「専務からどうお聞きになっているかわかりませんが、私と俵室長は……その、あくまでも――」
「――如月さん」
「はい」
「気乗りしない時の買い物って、大抵失敗すると思いません?」
「え?」
梓さんがテーブルに両腕をのせ、グイッと身を乗り出す。
「それに、あんなヘタ――じゃなかった、何を考えているかわからない男のために、新調する必要ないですよ。ホテルでパーティードレスのレンタルもしてるみたいだし」
「そう……なんですか?」
「そうみたいです。だから、とりあえず今日のところは買うのやめましょう!」
「はぁ……」
梓さんが言いかけた『ヘタ』の続きが気になったが、ちょうど料理が運ばれてきて、私たちの話題は梓さんの体調や力登のことに変わった。
彼女は、パーティーは気乗りしないけれど、力登に会えるのは楽しみだと言ってくれて、私は少し気が楽になった。
行きたくない。
けれど、理人が言った一ヶ月後だ。
何が起こり、私と力登がどうなろうとも、見届けるべきだ。
たとえそれが、私の想いへの終止符になろうとも――。