偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~


*****


「ドレス……か」

 会社近くのカフェでスマホを弄りながら、思わず呟いてしまった。

 理人の婚約パーティーまであと三日。

 私は未だに着ていくものが決まらずにいた。



 そもそも、着飾るの……嫌だな。



 何が悲しくて、好きな男の婚約パーティーに着飾って元夫と出席しなければいけないのか。

 頬杖を突き、パーティードレスのサイトをタップする。

 店内は混んでいて、注文したチキンと栗のドリアはまだ届かない。

「はぁ……」

「相席させていただいてもいいですか?」

「え?」

 顔を伏せていたから、すぐそばに女性が立っていることに気が付かなかった私は、ハッとして声の主を見上げた。

「東雲……さん?」

「こんにちは」

 東雲専務の奥様、梓さん。

 最近やっとつわりが落ち着いて、毎日梅おにぎりを食べていると専務からは聞いていた。

 米を食べられるようになったからか、顔色がいい。

「どうぞ、座ってください」

「ありがとうございます」

 梓さんが椅子を引くと、すぐに店員さんが水のグラスを持ってきた。

 彼女はメニューを見て、さほど悩まずに梅しそ冷製パスタを注文した。

「お昼休みでランチしてる……で合ってます?」

「はい。あ、専務は――」

「――彼には内緒にしてください」

「え?」

「外出すること言ってないんです。やっとつわりが落ち着いたところで、一人で出歩くなんて許してくれないだろうから」

「そうですね。そんな気がします」

 秘書と言ってもスケジュールに関して、私は専務としての部分しか管理していない。

 広報部長としてのスケジュールはご自分で管理されているから、どれほど無理をしていらっしゃるか、実際のところはわからないけれど、とにかく早く帰宅できるようにと頼まれている。

 家にいる奥様を一人にさせたくないと思うのならば、外出なんてもってのほかだろう。

「ドレス? ですか?」

 梓さんが私の手元を見て、聞いた。

「はい、ちょっと……必要で」

「俵さんの婚約パーティー」

 ドキッとした。

 理人の友人である専務は当然知っているのだから、奥様も知っていて不思議ではないのに。

 私はスマホをぎゅっと握りしめ、画面を消した。

「どういうつもりか、聞きました?」

「え……? 誰に――」

「――俵さんにですよ」

 専務は私と理人の関係に気がついているようだった。

 ならば、やはり奥様だって知っているだろう。

 けれど、私が今、元夫の実家に身を置いていることは知らないはず。

 招待状が、元夫経由で渡されたことも。

「専務からどうお聞きになっているかわかりませんが、私と俵室長は……その、あくまでも――」

「――如月さん」

「はい」

「気乗りしない時の買い物って、大抵失敗すると思いません?」

「え?」

 梓さんがテーブルに両腕をのせ、グイッと身を乗り出す。

「それに、あんなヘタ――じゃなかった、何を考えているかわからない男のために、新調する必要ないですよ。ホテルでパーティードレスのレンタルもしてるみたいだし」

「そう……なんですか?」

「そうみたいです。だから、とりあえず今日のところは買うのやめましょう!」

「はぁ……」

 梓さんが言いかけた『ヘタ』の続きが気になったが、ちょうど料理が運ばれてきて、私たちの話題は梓さんの体調や力登のことに変わった。

 彼女は、パーティーは気乗りしないけれど、力登に会えるのは楽しみだと言ってくれて、私は少し気が楽になった。

 行きたくない。

 けれど、理人が言った一ヶ月後だ。

 何が起こり、私と力登がどうなろうとも、見届けるべきだ。



 たとえそれが、私の想いへの終止符になろうとも――。



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