偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~

 
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「お待ちしておりました、西堂様」

 ロビーに入るなり、支配人の名札を付けた男性が登さんに声をかけた。

 どうして登さんが西堂だと知っているのか不思議に思うも、当人は自分の名と顔が広く知れているとでも勘違いしたようで、ご満悦で彼について行った。

 元夫がチェックインカウンターに向かうのを見て、パーティーの後は力登を帰してホテルに泊まると言っていたことを思い出す。

 いや、忘れていたわけではない。

 忘れたくて、考えないようにしていただけ。

「おじーちゃ、いたいの?」

 息子の声にハッとして、足元を見た。

 すぐそばに立っていたはずの力登が壁側に並ぶソファの前にいて、私は駆け寄った。

 ソファには高齢の男性が座っていて、足の前に杖をつき、それを両手で持っている。

 力登に笑いかけているところを見るに、不快な思いはさせていないようだけれど、子供を煩わしく思う人もいる。

「すみません、息子が――」

「――優しいお子さんですね」

 男性の声にドキリとした。

 低くて穏やかな声。

 艶っぽさをプラスすると理人に似ている気がした。

「少し足が痛んでね。それを息子さんが心配してくれました。優しくて可愛い子ですね」

「ありがとうございます。あの、お加減はいかがです? 誰かご一緒の方は――」

「――すぐに戻ってくるので、大丈夫です。ご心配、ありがとう」

「いえ」

 理人が歳を重ねたらこんな感じだろうかと思うほど、似ている声。

 力登が男性をじっと見ているのも、そのせいだろうか。

「力登、行こう?」

「あら! あらあらあら!」

 弾む高音に、私と力登が同時に振り返る。

「お父さん! こんな若いお嬢さんを口説いてるの!?」

 淡いピンクのスカートをなびかせて、可愛らしい女性が歩いてくる。緩くパーマがかった長い髪が、ふわりと弾む。

 可愛らしいとは言っても、恐らく五十代だろう。

 幼いとか若作りをしているとかではない。

 笑顔と声、そして雰囲気が可愛らしいのだ。

 彼女が歩いた後には花が舞っていそうな、力登が持っている絵本の、お花の国のお姫様のよう。

 杖を突いている男性を『お父さん』と呼んだということは、彼女は娘なのだろう。

「ごめんなさいね? 私の父なの。八十を過ぎてるのに、好みの女性をナンパしちゃうの。呆れちゃうわよね」

「私が口説こうとしてるのは、この小さな王子様だよ」

「え?」

 男性が力登の頭を撫でる。

「可愛くて優しくて賢そうな子だ。どうかな? このじいと友達になってくれないかな?」

「……?」

 さすがに、力登には意味がわからない。

 現に、ぽけっと男性を見上げている。

「やぁね、お父さん! 鬼ごっこもかくれんぼもできないじゃない」



 ……鬼ごっこ?



華純(かすみ)、そういう問題じゃないと思うよ?」

 長身の男性が歩み寄ってきて、女性の腰に手を添えた。

 黒々とした髪を後ろに撫でつけていて、秘書モードの理人のよう。

「お義父さん、時間ですよ」

 男性は滑らかな動きで義父に手を差し伸べる。

 その手につかまって立ち上がった男性は、表情を歪めながら背を伸ばした。

 義息子さんと同じくらい背が高い。

 ダークグレーのストライプ柄のスーツに、磨かれた黒靴。

 スーツを着慣れているのだろうとわかった。

「行こうか。返事はパーティーの後で聞かせてくれるかな」



 パーティー……って。


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