偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~

 二十代前半に見える男性と女性が立っている。

 男性はさらっさらの栗色の髪で透き通るような白い肌で、カジュアルスーツを着ている。韓国のアーティストだと言われても疑わないくらいに、綺麗な顔立ち。

 女性は肩より少し長い真っ直ぐな黒髪で、白のブラウスに黒のパンツというシンプルな服装。

 化粧っ気はなく、可愛い雰囲気。

 招待客でもホテルのスタッフでもなさそうだ。

「如月りとさんですか?」

「はい」

「力登くんの食事を用意してあります。パーティーの間、私たちでお預かりしたいのですが」

「え?」



 力登を!?



 思わず、力登を背後に隠すように立つ。

「くまさんショートと王道ショートケーキ、それから、りんごといちごを用意してあります」



 それ……って……。



「それから、バターロールも。お好きなんですよね?」

 女性が付け足す。

「パパン!? あぽーも?」

 力登が私の後ろからぴょんっと飛び出て来た。

 男性がしゃがんで、力登と目線を合わせる。

「こんにちは。僕は怜人っていうんだ」

「れーと?」

「そう! お喋り上手だね」

「ありあと!」

「力登くん、僕と、このお姉ちゃんと一緒にケーキを食べよう?」

 女性もしゃがんで力登に話しかける。

「私は紗南(さな)っていうの。よろしくね」

 二人の名前に覚えはない。

「あの、お気遣いは――」

「――ブランデーケーキのお礼だそうです」



 ブランデーケーキ……。



 無意識に瞬きが増える。

 彼を思うだけで、胸が痛い。苦しい。



 理人……。



「りとさん。僕と妻が責任をもって力登くんをお預かりします。任せてもらえませんか?」

 真っ直ぐに顔を見て、わかった気がした。



 年の離れた弟……。



 おむつを替えて育てたのに、理人より先に結婚したと言っていた。

 私はしゃがんで力登の顔を見た。

「りき、このお兄さんとお姉さんが、ケーキを食べさせてくれるって。行っておいで」

「ママは?」

「ママはまだお腹が空いてないから、後で行くね。ママのいちご、残しておいてね?」

「おっけー!」

 紗南さんが差し出した手に、力登は迷いなく飛びつく。

 人見知りしないのはいいことだけど、こうも簡単について行くのも困りものだ。

「すみませんが、お願いします」

「はい」

 力登は、怜人さんと紗南さんに手を引かれて、会場を出て行った。

 扉が彼らの姿を見えなくさせたのを確認して、私は鹿子木さんのところに向かう。

 鹿子木さんは、父親に嘘をついていたことの弁解に忙しく、私に気づいていない。

「お父様! 嘘ではないの。確かに常務の秘書を――」

「――こんにちは」

 鹿子木さん父子と、東雲家の三人の視線が私に向く。

「如月さん!」

「梓さん、この前はありがとうございました」

「こちらこそ。またランチしましょうね」

「やあ! 如月さん。装いが変わると、印象も随分変わるね。とても綺麗だ」

 社長とは二、三度しか話をしたことがないが、いつも紳士的だ。

「こんにちは、如月さん。ドレスがとても似合っているよ。選んだ男は如月さんのことをとても良く知っているんだろうね」

 専務もまた、穏やかにそう言ってくれて、私は気恥ずかしさを覚えた。

「どうして、如月さんまで……」

 素敵なドレスに似合わない険しい表情の鹿子木さんとその父親に、私は背筋を伸ばして向き合った。

「こんにちは、鹿子木さん。いいご縁に恵まれたそうで、おめでとうございます」

 子供染みた嫌がらせを受けてきたのだから、このくらいの嫌みは許されるだろう。

 鹿子木さんは真っ赤な唇をひん曲げている。

 父親はバツが悪そうだ。

 きっと、トーウンコーポレーションで常務の専任秘書をしていたという娘の経歴は、自慢だったのだろう。

 もしくは、娘が嘘をついたことにショックを受けているか。

 どちらにしても、可哀想だ。



 専任秘書が嘘だったからといって、婚約破棄まではされないだろうけど……。


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