偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~
「お集りの皆さま。大変お待たせいたしました。本日の主催者であるお二人の入場です」
女性にしては少し低い声と、ハキハキとした話し方。
私はこの声に覚えがある。
声の主を探そうと会場内を見渡した時、ドアが開いた。
ドアだと知ったのは開いたからで、それまでは壁だと思っていた場所。
きっと、通常ならばステージの袖に位置する場所だろう。
「なに……!?」
「ちょっと、あれ……」
髪を結って首が露わになっているから、余計にネックレスが存在感を隠せずにいる。
だが、日本人離れしたキリッとした目、高い華、ぽってりした唇はネックレスに負けない美しさ。
上品な佇まいだけれど、とても若そうだ。
二十代前半。もしかしたら十代かもしれない。
「本日はお越しくださりありがとうございます」
理人がそう言いながら、封筒を彼女に差し出す。
「婚約者の元夫とその現婚約者を呼びつけるなんて、どうかしてないか」
滝田社長が言った。
理人はにこりと微笑む。
完全なる秘書スマイル。
「姫さんの望みですから」
フンッと鼻息が聞こえてきそうな表情で、封筒に手を伸ばす。が、理人は封筒を引っ込めた。
「これは、滝田社長のご婚約者であるクリスティーナ・山崎様への贈り物です」
ハーフ……?
何人かが騒めく。
姿を見せたのは、黒いタキシードにグレーのワイシャツ、ノーネクタイの理人と、黒いドレスの只野姫さん。
数回だけれど私が見た彼女とはまるで雰囲気が違う。
礼服のようなドレスもそうだけれど、メイクもナチュラルで、髪も結っていない。それに、ドレスに不似合いなゴールドのチェーンのネックレスは、トップに小さなプレートだけ。ネイルもしていないし、パンプスのヒールも低め。
何より不自然なのは、二人が腕を組んでいないこと。
只野さんの左手に指輪もない。
何をしようとしているの……?
二人は私たち招待客のすぐ前まで歩いてくる。
「早速ではございますが、お忙しい中お越しくださいました皆さまへ、ささやかなお礼の品をご用意させていただきました。主催者二人から直接お渡しいたします」
A4用紙が折らずに入るサイズの封筒の束を持ったスタッフが現れ、それらを理人に渡す。
そして、顔を見合わせた理人と只野さんが歩き出した。
「これからご覧いただきます映像が終わりましたらお声がけいたしますので、それまでお渡しした品は開封しないようにお願いいたします」
先ほど登さんと挨拶をしていた滝田社長の前まで行くと、理人が只野さんに封筒を一冊渡す。
「来てくれてありがとう。あなたには私の幸せを見届けてもらいたかったの。今日だけは接近禁止命令を解いてくれて、感謝します」
そう言って、只野さんが滝田社長に封筒を差し出す。
「四度目の結婚、おめでとう。今日限り二度と会うことはないだろうが、これが最後の結婚になるといいな?」
なんて言い草だ。
だが、今ので思い出した。
滝田社長は只野さんの三番目の夫で、離婚時に只野さんに対して接近禁止命令を取り付けた。
確か、離婚を拒否した只野さんが滝田社長のストーカーとなり、滝田社長は心身衰弱で仕事に影響を及ぼした、とか。
滝田社長に会うのは初めてだけれど、率直な感想として、そんな男だろうかと思う。
テカテカした素材の細身のブラックスーツに赤いハンカチをポケットから覗かせ、爪先が尖り過ぎて足の長さが倍くらいに見える革靴を履いている。
時々見かける、テレビの両端に枠があるドラマのホストのようだ。
「ありがとう」
只野さんは、元夫の言葉をまったく気にしていないような笑顔で返した。
「あなたも新しい奥様と末永くお幸せに」
滝田社長が首をひねる。
少し離れた場所にいたゴールドにもベージュにも見えるドレスを着た女性が、ゆっくりと滝田社長に歩み寄る。
鎖骨をすっぽりと覆うネックレスは、名前は思い出せないが赤ちゃんのスタイのような形で、中世ヨーロッパのプリンセスたちが身に着けていただろう豪華さ。
歩くたびに照明に反射し、様々な色で輝いている。