偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~

 目を細め、険しい表情。

 怒っているように見えるけれど、きっとそうじゃない。

 そんな気がした。

 理人が一歩踏み出し、只野さんが続く。

 二人がゆっくりと近づいてくる。

 ずっと、理人を避けていた。

 社内ですれ違っても、こんな風に顔を見てしまわないようにしていた。

 彼の顔を見てしまったら、気持ちが抑えられなくなりそうで。

 そして、彼への気持ちがバレてしまいそうで。



「待ってる」と言ってしまいそうで――。



 そんなことを望める立場ではないのに。 

「本日はお越しくださり――」

「――ご結婚おめでとうございます。どうぞ、末永くお幸せに」

 登さんが只野さんの言葉を遮る。

 そして、彼女が差し出した封筒を受け取った。

「イケメンの旦那さんをもつと気苦労が絶えないでしょう? 頑丈な首輪をつけて、監督なさることをお勧めします」

 こんなことを言う人じゃなかった。

 もっと気が弱くて、優しい人だったのに。

 隣にいるのが、恥ずかしい。

「首輪……ですか」と呟きながら、只野さんが人差し指を自らの頬に押し当て、首を傾げる。

 そして、にっこりと笑った。

「あなたには腕輪がお似合いになりそうですわね」

「はっ!? 腕輪?」

「お似合いというより、必須アイテムですわね」

「なに、意味の分からないことを――」

「――ドレス、とても似合っていますね」

 理人が持っている最後の封筒を私に向けて差し出した。

「息子さんのタキシード姿も楽しみだ」

 何か言わなければ。

 そう思うのに、喉の奥がカラカラに乾いて、粘膜が張り付き、うまく音が通らない。

 私は、なんとか手に指令を送って、封筒に触れた。

 理人の手が封筒から離れる瞬間、封筒の裏側で彼の指先が私の指先をくすぐった。

 冷たい。

 封筒は軽かった。

 中に何かが入っているように思えないほど。

「これは、私個人からのプレゼントです」

 そう言うと理人と只野さんはスクリーンの横に移動した。

「では皆さまスクリーンをご覧ください」

 司会者らしい女性のマイクを通した声。

 本人の姿は見えない。

「本日の主催者である二人の半生を映像にてご紹介いたします。只野姫は、昭和五十――」

 結婚式でよく見る、馴れ初め動画だろうか。

 会場内の照明が落ち、薄暗い中でスクリーンに赤ちゃんの写真が映し出された。

 少し古い写真。いや、正直に言えば、かなり古い。

 只野さんの赤ちゃん、幼少期、学生時代の写真が矢継ぎ早に映し出されては消えていく。

 フラッシュ暗算並みの速さ。

「――短大を卒業と同時に一度目の結婚をしますが――」

 生まれてから一分と経たずに結婚式。

 それも、ウエディングドレス姿かと思ったらすぐに白無垢姿。その上、隣の男性が別人。

「――三度目の正直だと決意しての結婚ではありましたが、お相手の不貞により――」

 スクリーンに映っているのは、滝田社長がキャバクラのような店で半裸の女性と抱き合ったり、キスをしたりしている写真。

 実際には半裸に見えるようなドレスを着ている女性なのだろうが、とにかく既婚男性の行いとしては褒められないものばかり。

「――おいっ! なんだこれは!!」

 当然、滝田社長の怒号が飛ぶ。

 彼は只野さんを指さしながら、ツカツカと近づいて行く。

「こんなものっ! 偽造だ! 捏造だ!! 離婚の原因はその女の異常な執着で――っ」

 スクリーンに映し出された写真に、滝田社長が言葉を失う。

 ニットにスラックス姿の自身と、六歳くらいの男の子、そして、母親らしい女性が買い物をしている様子。

 滝田社長の足が止まる。

 指先は只野さんに向いたまま、スクリーンに釘付け。

 写真が消え、次の写真が映る。

「――――っ!」

「なっ――!」

 誰よりも目を見開き、驚いたのは鹿子木さんの父親。

 なぜなら、大きなスクリーンの中にセーラー服を着た娘が現れたから。しかも、滝田社長の腕に自身の腕を絡め、キスをしている。

 鹿子木さんは現在、二十四か五のはず。

 そして、只野さんが滝田社長と離婚したのは確か五年ほど前。



 じゃあ、これは只野さんと結婚する前……?


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