偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~

「滝田重機から西堂建設への見積書と西堂建設から滝田重機への発注書の金額が全然違いますね。同じ工事名で、発注書の発行日は見積書の発行日の翌日ですから、これは同じ工事に関わるものですよね? どうしてこうも金額が違うのかしら?」

「これは――っ! 担当者が別件の発注書と間違えたからだ。ちゃんと修正した!」

 登の慌てようを見れば、誰もが嘘だと思うだろう。

「そう? なら、これを然るべきところに提出して調べていただいても構いませんわよね?」

「ユリア! お前っ裏切るのか!」

 今度は滝田の怒号が飛ぶ。

 だが、眼力だけでも黙らせられるほどの形相でユリアが反論した。

「裏切る!? 裏切ったのはあんたでしょ! 子供がいるなんて聞いてないわ! どれだけの女と遊んでも、何回結婚してもいいわ。私だって好きにするし! でもっ! でも、子供は許せない! 絶対に――っ」

「――ユリアちゃんは産めなかったもんね」

「……え?」

 驚いて呟いたのが誰かはわからない。

 とても小さな声で、男性としかわからないくらい一瞬だったから。

 姫は俺の隣で、唇を真一文字に結んでいる。

 姫が唯一、最後まで封筒に入れるか迷っていた代物。

 それを持っているのは、近本。

 トーウンコーポレーション(我が社)の営業部に三年所属し、三年間営業成績が振るわずにいた男。

 今でこそ気が弱く、それが姿勢や表情に滲んでいるが、入社時は違った。

 やる気に満ちていて、営業を希望したのも彼自身。

 だが、花形部署の現実は過酷だった。

 そんな彼が、ここ三か月ほどは小さいながらもコンスタントに仕事を取ってくるようになった。

 ちょうど、りとがトーウンに来た頃で、ユリアが近本に接触した時期でもある。



 そして、備品の紛失が多発した頃。



「ねぇ、一か月前に中絶したこの子供って誰の? 俺の?」

 りとと梓ちゃんが驚いた表情でユリアを見ている。

 妊婦には見せたくなかったから、皇丞には梓ちゃんを連れてくるなと言った。

 なのに、あっさり招待状がバレるなんて。

 梓ちゃんは、皇丞がいくら言ってもパーティーに来ると言い張ったらしい。

 ユリアがツカツカと近本に近づき、彼の手の紙を奪う。

 ビリッと紙が破ける音がした。

「なんでこんなものっ――」

 ユリアもまた、紙を破る。

 今日一番、粉々に。

 この会場を使用したパーティーで、未だかつてこんなに紙くずを散らかした客はいないだろう。



 あ、クラッカーとか使ったら、もっとか。



「ねぇ。俺の――」

「――そんなはずないでしょ! あんたとの子供なら、一ヵ月前に妊娠十五週なはずないでしょ!」

「そんな……」

 この話の流れで、きっと会場の全員がわかっただろう。

 近本の封筒に入っていたのは、ユリアがひと月前に、妊娠十五週で中絶手術をした証拠。

 ユリアは、妊娠している最中に近本と関係をもっていた。

 本人が妊娠を知った上でのことだったのかはわからない。

「そんな……」

 近本がその場に崩れ落ちる。

 ようやく俺の出番だ。

 もう、本当に、さっさと終わらせたい。

「近本。トーウンコーポレーション(我が社)の取引企業情報を盗んだな?」

「……はい」

 ユリアに裏切られて、近本は嘘を吐く気力も思考力もないようだ。

「備品の紛失もお前か?」

「はい。USBだけが無くなったら怪しいと思って、マウスや電卓なんかも……」

「情報をコピーしたUSBはどうした?」

「ユリアちゃんに渡しました」

「知らないわよ! 私は何も――」

 ユリアの言葉を遮ったのは、またしてもビリビリと紙が破かれる音。

 唯一、紙ではないものが入っている封筒。

 それを受け取ったのは、(まき)という男で、保険会社の顧客情報管理室に勤めていた男。

 ユリアが近本の前に付き合っていた男だ。

 彼もまた、ユリアに自社の顧客情報を渡し、解雇されている。

 その牧が、封筒の中のレコーダーを再生した。

 音量を、恐らく最大まで上げる。

『――た? ああ、知ってるよ。俺らの大事な情報屋だからな』

 ヒヒヒッと気味の悪い男の笑い声。

「やめろっ!」

 滝田が叫ぶ。がすぐに、肩を落として手で顔を覆う。

「やめてくれ……」

『ちゃんと報酬は渡してるんだから、恐喝でもなんでもねぇよ。ま、あいつは金欲しさに情報よこしてんじゃねーけどな』

 くくくくくっと複数の男の笑い声。
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