偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~
『あいつと俺たちは切れねぇ鉄の鎖で繋がってんのよ。今じゃお高く留まってるお社長様だが、正体は俺たち以上の悪だぞ? なんせ、コーコーセー調教して、情報持ってくる男の餌にしてんの』
あっはははははは! と音割れした不快な笑い声が会場に響く。
ユリアの涙がまた溢れ出す。
当然だ。
悲しい、というより悔しいだろう。
ユリアと滝田の関係にどんな感情が絡んでいたかはわからないが、これはキツい。
『バカだよなぁ。極道の女に惚れて、子供まで産ませてさ。あ、違うか。惚れた女がやくざの嫁になっちまったんだ。ま、どっちでもいーけど? とにかく、一緒になれなかったんだよ。滝田、荒れるっつーか狂っちまって。バツアリの金持ち女と結婚したかと思ったら、惚れた女に似たコーコーセー堕としてヤリまくり。さすがに俺らもヒーたわぁ。な?』
仲間たちが口々に同意する。
『コーコーセーは可哀想だけど、ジゴージトクかもな? ドーキューセーイジメたりセンコー脅したりしてたってハナシ。それに、滝田で男の味覚えた後、ホストに入れ込んだりもしてたって聞いたし』
滝田が当時高校生だったユリアを弄び、洗脳同然に悪事に加担させた。
それだけなら、ユリアは被害者だ。
だが、滝田との関係とは無関係なところでの悪事、滝田と関係をもった後の滝田とは無関係な男遊び、そして、滝田が結婚した後も続けていた関係。これは、ユリアの意思だ。
『金が必要になった滝田は嫁がイカレてるってでっち上げて慰謝料ふんだくって離婚したんだけど、その間もコーコーセーとヤリまくって、そりゃぁ――ん? ああ、金が必要になったのは、惚れた女の旦那ってのがムショ行きになって、その隙にヤッたら子供できたとかで、面倒見るため――』
「――どういうことよっ!!?」
耳を劈く、ユリアの叫び。
「なんなのよ! あんた――っ」
ユリアが滝田に掴みかかる。
髪を鷲掴みにし、長く尖った爪で彼の顔を引っ掻く。
「やめろっ! お前だって楽しんでただろう! 男手玉に取って、笑ってただろ!」
誰も二人を止めない。
痴情の縺れだ。
他人が口出しできることではないし、とばっちりはごめんだ。
それよりも心配なのは、ユリアの父親。
もう、生者の顔色ではない。
ふらりとよろけた彼を、皇丞が支えた。
そして、支えられながら姫の前に立つ。
倒れ込むようにその場に跪いた。
「娘が……申し訳ありませんでした」
絨毯に額を埋めるほど押し付け、土下座する。
「あなたの結婚を壊したのは……娘だ。申し訳ありません」
可哀想だ。
だが、同情はできない。
父親として、気づけるチャンスが、更生させるチャンスがあったはずだ。
父の姿に、ユリアが滝田への攻撃の手を止める。
「お父様! 何してるのっ!? やめて! こんな女に頭を下げること――」
「――黙りなさい!」
父親は頭を上げずに、娘を一喝する。
「お前は妻があると知った上でその男と関係をもった。男はどうでもいい。お前に唆されて情報を盗んだ男もだ。いい年をして女に溺れて分別を失くした男に謝罪する気はない。だが、この女性は――只野さんは違う。お前が傷つけた。お前の不倫行為の被害者だ」
会場内が静まり返る。
ある意味、彼も被害者だ。
そして、加害者家族でもある。
そういうことだ。
「鹿子木さん、頭を上げてください。ユリアさんの父親としての謝罪は、受け入れます」
姫が毅然とした表情、口調で言った。
「ふざけないで! 偉そうに――」
「――いい加減にしなさい!」
驚いた。
声を上げたのが、りとだったから。
隣に立つ梓ちゃんも、もちろん、皇丞も社長も驚いている。
りとはユリアを真っ直ぐ見据えて言った。
「あなた、お父様が――ご両親がこれからどうなるかわかっているの?」
「な……に――」