偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~

「――犯罪者の家族として世間から白い目で見られ、娘を犯罪者にしたと非難されるのよ。会社だって手放さなきゃいけないかもしれない。そうしたら、従業員やその家族からも責め立てられるでしょう。あなたのせいで! ご両親は自らも罪を犯したかのように苦しむの!!」

 はぁ、と息をついたりとの瞳から、涙が溢れる。

 その涙を手の甲で拭う。

「あなたはいいわ。そんなに非難されても刑務所は安全だもの。でもね、ご両親は逃げ場がないのよ。遠い土地に引っ越したって、犯罪者の親であることがいつバレるかと怯えて暮らすの。加害者家族は……被害者でもあるわ。誰にも助けを求められない、被害者なのよ……」

 りとが泣いている。

 考えるより先に、足が踏み出していた。

 りとの言葉は、自分自身への言葉だ。

 犯罪者の娘として生きてきた、りと自身の苦しみ。

 俺は手で顔を覆う彼女を抱きしめた。

「俵さん」

 梓ちゃんの瞳も揺れている。

「ありがとう、梓ちゃん。りとのそばにいてくれて」

 梓ちゃんはコクンと頷くと、皇丞のそばに戻った。

 皇丞に涙を拭われ、肩を抱き寄せれる。

「りと」

 俺は彼女の耳元に囁きかけた。

「俺のじーさんがお前と同じことを言っていたよ」

 チラリと見ると、三人の生温かい視線とぶつかった。

 こんな状況なのに、表情筋が緩んでいる三人に鋭い視線を送り、逸らす。

「加害者家族は、被害者でもある」

 腕の中でりとが息を呑んだのがわかった。

「りと、お前が自分を恥じる必要なんてない。俺に……相応しくない理由なんて一つもない。頼むから――」

 りとのこめかみにキスをする。

 久しぶりの、甘い香り。

「――諦めて俺を受け入れてくれ」

「理人……」

 りとのくぐもった声に、良かったと思った。

 名前を呼んでくれる。

 たったそれだけで、ホッとした。

「偉そうなこと言わないでよ。あんただって――っ! 不倫してたじゃない! 前の職場で上司と不倫してたって!」

 ユリアがりとを指さして言った。

 父親が未だ姫の前で頭を上げられずにいるのに。

「りとは不倫なんかしていない。あんた、りとが不倫してるってそこの西堂に聞いたんだろ? 西堂は、噂のせいでりとが会社を追われれば自分のところに戻ってくると思って、デマを教えたんだ。そいつは! りとが以前の職場でその噂に苦しめられたことも、事実無根なことも知っていて、利用したんだ」

 ユリアが登を見る。

 登はどことなく視線を彷徨わせて、かなり動揺している。

「お、俺は、そういう噂があったと言っただけだ。事実だなんて言ってない」

「はぁ!?」

 ユリアの、腹から出た低い声に、登が肩をビクリと硬直させる。

「俺は悪くない! 俺は――」

「――あんた! 私が牧に情報盗ませたの知って、トーウンの情報盗んで持って来いって脅したわよね?! それも、逃げた女を取り戻す為!? ふざけんじゃないわよ!」

 登と離婚したりとは、倉ビルで働きだした。

 りとを取り戻そうと見張っていた登は、倉ビルが経営難で、良くて吸収合併、悪くて倒産の危機にあると知り、吸収合併を申し出る。

 倉ビルの為を思って西堂に経営権を渡した倉木社長だが、りとを登から守ろうと皇丞に託した。

 登はりとがトーウンコーポレーションで働き始めたことを知り、どうにかして辞めさせようと画策している時、ユリアが男を使って情報を盗んでいると知る。

 しかも、盗んだ情報は滝田に流れていて、登と滝田は以前から不正取引を行っていた。

 登はユリアを脅し、トーウンの情報を盗ませた上に、りとの噂を流した。

 一方のユリアは、滝田が会社のためにクリスティーナさんと再婚すると知り、父親が勧めた男と結婚することにする。

 ユリアは退社が決まっていたからこそ、登の要求を呑んで近本に情報を盗ませ、ついでにりとの噂も流した。

 だが、りとが噂に屈しなかった場合に備えて、登はりとの父親を呼び寄せた。

 そこまでりとに執着していながら、登はユリアと関係をもった。

 ユリアにしてみたら、登と繋がることで何か得るものがあると思ったのかもしれない。

 だが、登はどうか。

 一時の憂さ晴らしだ。

 取引では強く出られない滝田の女と寝ることで、ちょっとした優越感に浸りたかったのかもしれない。

 りとの身代わりだったのかもしれない。

 なんにしても、理解できない。
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