偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~

「ふざけんな! お前は俺のモンなんだよ! 秘書野郎が本気でお前に惚れてると思うか!? 親友の女を寝取るような――」

「――関係ないわ! 理人がどんな男でも関係ない! 私はもうっ! あなたと関わりたくないの!!」

 はぁはぁと肩を上下させるりと。

 俺は登の背後から彼女を見つめていた。

 りとは本来、強い女だ。

 なにせ、若かったとはいえ、初対面の俺を怒鳴りつけるような女だ。

「あなたと再婚なんかしないし、力登の父親も名乗らせない」

 そんな彼女が登のような男に怯えて見えたのは、きっと力登の父親だからだ。

 自分の過去と息子の未来が同じであってはいけない。

 そんな思いからだったのだろう。

「いい気になるなよ! この――」

 だが、りとは強い。

 力登も。

「――犯罪者の娘が!」

 覚悟を決めた彼女は、そんな言葉に怯みはしない。

「この女の父親はなぁ! 自分の妻を刺したんだ! 殺そうとしたんだよ、娘の前で! イカレてるんだ。この女は殺人者の血を引いて――」

「――りとは犯罪者の娘じゃない」

 登が俺の声にぎょっとして振り返る。

 指で眼鏡のブリッジを上げ、じっと見下ろすと、登が一歩下がった。

「りとは被害者の娘だ。夫に殺されそうになった母親と生きてきた。お前にも世間にも後ろ指を指される謂れはない」

「――屁理屈だ! 血の繋がりは――」

「――お前のせいで! 力登も犯罪者の息子になっちまったんだぞ!!」

「――――っ!」

 登が唇を震わせる。

 この男が力登の父親であることが残念でならない。

 いくら人は変わるとはいえ、ここまで変わってしまうだなんてりとは思わなかったろう。

「なん……なんなんだ……。これはっ! 何なんだよ! おま――お前はあの女と結婚するんだろう!? これは、婚約パーティーなんだろっ!? なんで俺たちが断罪されなきゃ――」

「――断罪パーティーですもの」

 姫が、にっこりと笑って言った。

「これが婚約パーティーに見えますの? あなた、どこまでおバカさんなのかしら?」

「このクソ女! お前の滝田への復讐のために俺たちまで巻き込みやがって!」

「ふふふっ。クソで結構。そのクソに犯罪を暴露されたあなたたちはクソ以下ね。なんとお呼びすればいいかしら?」

「俺への復讐? 今更?」

 登に飛び掛かられてから座り込んでいた滝田が、ゆらりと立ち上がる。

「離婚して何年経ってると思ってる。どうして今更復讐なんて――」

「――あなたたちが、絶対に手を出してはいけない人に手を出したからですわ」

「はぁ?」

「あなたの言う通り今更ですから、不倫に関しての慰謝料は要求いたしません。ですが、離婚事由とされた、あなたの精神状態と日常生活に支障を(きたす)ほどの、(わたくし)の被害妄想と異常な束縛、に関しては異議を申し立てますわ。このパーティーが証拠です。私の父が支払った慰謝料三千万は返していただきます」

 くくくっと滝田が笑う。

 登に掴まれた髪は乱れに乱れ、なまじ整髪料を使って整えていただけに、サ〇ーちゃんのパパのように角ができている。

 因みに、俺がサリ〇ちゃんのパパを知っていることに深い意味はない。

「結局は金か! そうだな。老後は一人で生きていくんだ。金は大事だよな! お人好しの父親がいつまで社長でいられるかもわかんねぇしな!」



 あ〜あ……。



 俺は半分無意識、半分怖いもの見たさで姫に目を向けた。

 そして、やめておけばよかったと後悔した。

 絶対零度の表情筋と視線。

 事実、その表情で睨まれた滝田は、ガタガタと震えだした。

 俺にこのパーティーを持ちかけた時、姫は大切な人間を二人も傷つけられたから許せない、と言った。

 一人は先ほど彼女自身が言った、滝田やユリアが絶対に手を出してはいけなかった人物。

 そしてもう一人、厳密には二人だが、それは両親だ。

 姫の父親は、穏やかな見た目と纏う空気、話し方などからは計れないほどの敏腕経営者だ。

 娘の三度の結婚と離婚で億単位の支出があったにも関わらず、会社は事業を拡大し続けているし、社長以下役員の報酬のみならず従業員も毎年安定の昇給率だ。
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