偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~
もちろん、社長だけが優秀ではこうはいかない。
とにかく、社長と役員、そして従業員の信頼関係が強い。
只野社長は、毎年必ず支社に赴き、従業員たちを労う。
そんな社長を、姫は尊敬し、とても大切に思っている。
その社長を扱き下ろした。
これは、姫にとって万死に値するだろう。
「確かに、お金は大切ですわ。とても、ね。……誰かさんのしょっぼい命よりずっと」
姫が一歩、滝田に近づく。
「お父様がお人好しなのも、まぁ、事実ですわね。誰かさんのように自分至高主義の勘違い野郎に利用されてしまうくらいですから。ですが、勘違い野郎にいくら搾取されても業績は右肩上がりですから、社長の椅子を追われることはないでしょうけれど。不正をしなければ会社を維持できない無能で浅はかな誰かさんとは違って」
姫がまた一歩、滝田に近づく。
滝田の喉仏が波打つ。
奴の追い詰められた表情が、空気が、会場内に伝染する。
姫の殺気さえ孕んでいそうな尖ったナニかが、じわりと滝田を追い詰めていく。
さらに一歩、姫が距離を詰めると、滝田が後退った。
泣きそうにも見える滝田に、姫はにこりと微笑んだ。
「そろそろでしょうか」
来た時から終始変わらない胸を張った姿勢と、感情が読めない表情でそう言うと、クリスティーナさんも会場を出て行く。
いや、滝田同様、ドアの前で振り返る。
「姫さん。結婚前に滝田の本性を教えてくださってありがとうございました」
ゆっくりと、優雅に頭を下げ、今度こそ会場を出て行く。
今頃、会場の外では滝田の逮捕劇が繰り広げられているだろう。
クリスティーナさんは何を思うのか。
慰謝料を取り損ねて、少しは不機嫌になっているかもしれない。
「……は?」
俺はジャケットからスマホを取り出し、着信履歴の一番上の名前をタップした。
『はい』
「どうだ?」
『満場一致だ』
「繋いでくれ」
『了解』
言葉と同時にスクリーンが切り替わる。
「な……に!?」
滝田が口をパクパクさせる。
映ったのは、長テーブルを円形に設置した室内。
テーブルを囲むのは、十数人がスーツ姿の男性で、女性は三名だけ。
『滝田社長』
スクリーン越しに七十代男性の低い声が会場に届く。
「なぜ、あなた……がたが――」
『――結論からお伝えします。取締役、及び主要株主による緊急会議において、取締役の解任が可決されました。これは、出席者の総意です』
「……は? かい……に――」
『滝田氏は逮捕及び起訴の可能性が非常に高く、これは背任罪にも相当すると判断し、解任に伴う退職金等の金銭の一切を支払わないこととします』
「な――っ! 待ってください! あなた方になんの権限があって――」
『――取締役としての権限です。全員が出席する臨時取締役会において、全員が代表の解任を支持しました』
スクリーンの向こうで話しているのは、滝田重機の副社長。
滝田の父親が社長の時代は秘書として社長に尽くし、代替わりの際にお目付け役として副社長に就任した。
滝田にとっては目の上のたん瘤。だった。
この会場での様子のすべては、カメラ越しに二つの別室で共有されている。
一つは滝田重機の首脳陣が集まる部屋。
滝田の悪事のすべてを知り、即時解任の判断を下した。
当然だ。
『残念だよ、滝田くん。きみのお父様は立派な経営者だった。もう少し長生きしてくれたらと悔やまれてならない』
滝田の父親は世代交代の後一年で他界した。母親はもっと前に。
だから、滝田を諫める人間がいなかった。
いれば、ここまでコトが大きくならずに済んだはず。
「ふざけんな! 滝田重機は俺の会社だ! お前ら老害の好きには――」
『――赤ん坊同然の青二才のおもちゃではないんだよ! 会社は!!』
「~~~っ!」
唇を歪ませ、鼻の穴をヒクヒクさせて、滝田が会場を飛び出していく。
いや、飛び出して行こうとドアまで走り、振り返った。
「西堂! お前も道連れだ!! 欠陥工事の隠蔽に不正取引の証拠を公表してやる!」
「は――っ!? ふざけん――」
滝田は登など見向きもせず、会場を出て行った。
「私も失礼いたしますわ」