偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~

 ユリアの父親がりとを見た。

「あの女性の言った通りだ。私は会社を失うだろう。一代で築いた小さな会社だ。簡単に潰れるんだよ。だが、社員たちを放り出すような真似はできない。最後まで責任を取る。だから、お前を守って逃がしてやるような金はない」

「そんな――」

「――お前は法の罰を受けなさい。私は……世間からの罰を受ける。父親としての責任だ」

 ユリアの父親は自身もふらつきながら、娘の腕を掴むと、ゆっくりと立ち上がらせた。

 そして、少し赤くなった頬を撫でる。

「……っふ――」

 ユリアが涙を流す。

 小さな子供のように顔をくしゃくしゃにして。

「皆さん、娘の行いのすべてを娘に代わってお詫びします。本当に申し訳ありませんでした」

 父親は深々と頭を下げ、娘は泣きじゃくりながら立ち尽くす。

「なんなんだ……」

 静かな広い会場に、俯く登の声がぼそぼそと聞こえた。

「ふざけんなよ。なんで俺がこんな目に……」

 はぁはぁと登の呼吸が浅く激しくなる。

 そして、バッと顔を上げた。

「ふざけんな! おまっ――お前の復讐に俺を巻き込むな!」

 登が姫を睨みつけ、指さす。

「俺はお前に何もしてないだろ! 俺は関係ない!!」

「ええ」

 あっけらかんとした姫の声に、登が眉間に皺を寄せる。

「は?」

「確かに、(わたくし)とあなたは関係ありませんわ」

「だったら――」

「――巻き込み事故? 的な?」

「はぁ!?」

「ああ、強いて言えばあなたの日頃の行いの悪さが招いたのですわ。だって、あなたが滝田と一緒になって悪事を働かなければ、この場に呼ばれることもなかったんですから」

 ねぇ? と言いたげに、姫が俺を見る。

 この状況で、お嬢さま然で小首を傾げられても、怖いだけ。

「ふざけんな! 滝田との不正取引とお前の滝田への復讐は関係ないだろ!」

「だから、関係ないと言っているでしょう? 何度同じことを言わせるのかしら。西堂登さん」

 姫が登に近づく。

「そもそも、滝田も関係なかったんですのよ。私はね? そこのお嬢さんを調べていましたの」

 お嬢様らしからぬ、顎でしゃくってユリアを指す。

「言ったでしょう? あなた方は絶対に手を出してはいけない人に手を出した、と。手を出したのは鹿子木ユリア。そして、ユリアが情報を渡していたのが滝田。ついでに、ユリアが在籍しているのがトーウンコーポレーションで、幼稚園児のいじめのようなことをしている相手が如月りとさんだった。滝田と不正を働いている西堂登。ユリアのいじめをいじめとも思わずに職務を全うする如月りと。その二人は元夫婦で、如月さんを溺愛する俵理人は私の協力者に適任だった」

 かなり、随分と、相当、回りくどくて大掛かりな断罪パーティーだが、要は、そうだ。

 芋づる式、と言って相応しいかはわからないが、そういうことなのだ。

「なんだ、それ。標的がユリアだけなら、告発でも何でもして――」

「――だから言っているでしょう? 巻き込み事故だと。あなただけじゃなく、滝田も巻き込まれたのですわ。まぁ、巻き込んだ私がこう言うのもどうかと思いますが、私が巻き込みたくなってしまったんですの」

 姫の言い方はさておき、つまりはこうだ。

 姫はとあるユリアに騙された男の復讐がしたかった。

 そして、ユリアの被害者が他にもいると知り、同時にユリアが自身の元夫である滝田と長年男女の関係にあることも知った。

 滝田との離婚時に調査員が不慮の事故に見舞われて不倫相手までは特定できなかったが、それがユリアであると確信した姫は、ユリアの勤め先であるトーウンコーポレーション内で協力者を得ようと考えた。

 まぁ、尤もらしく言っていたが、半分はユリアの上司となる皇丞の協力があればラッキーという気持ちと、半分は以前から気に入ってちょっかいをかけていた皇丞が結婚して幸せそうなことを妬んでパーティーで接触し、見事に玉砕したところに俺が声をかけたんで、ターゲットを俺に変更したってことのようだが。

 とにかく、俺がユリアの直属の上司で、独身で、姫の好みだったことで、マンションに突撃してくることになる。

 だが、俺が引っ越すことまでは考えていなかった。
< 138 / 151 >

この作品をシェア

pagetop