偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~
引っ越し先を探し当てて再度突撃すると、なんと登の元妻であるりとが即席恋人を演じた。
その時点で滝田と登の関係を知っていた姫は、何が何でも俺を協力者にしようと決めたらしい。
俺が本気でりとに惚れるまでは想定外だったようだが。
姫が巻き込み事故と言ったのは、ユリアの男が滝田だと知って昔の恨みがよみがえり、ユリアへの復讐のついでに滝田への復讐も成し遂げようと決めたからだ。
そして、りとにつきまとう登の姿を目撃し、俺を協力者に引き込むための餌にすることにした。
まったく……。ただの姫、とか誰だよ……。
とんでもない曲者姫。
ま、おかげで俺は登を排除できるからウィンウィンだけど。
「仲良くする相手を間違えましたわね」
「……なんで……。俺はただ、会社のために……」
呆然自失の登が、己の髪の毛を搔きむしる。
そして、突然天井を見上げる。
「うおぉぉぉぉぉっ!」
気が触れても仕方のない状況だ。
誰もが残念な男を、残念そうに見る。
「お前っ! お前さえいなきゃ――」
そう言うや否や、登が前のめりになる。
俺は咄嗟にりとを身体の後ろに隠した。
だが、登の視線はりとではなく、姫でもなく、ユリアを捉えていた。
「ユリアァァァァァッ!!」
奇声を発しながら、登がユリアに掴みかかる。
「キャァァァァァッ!!」
ユリアの悲鳴に、ユリアの父親が、これまた反射的に登に掴みかかる。
登がユリアの髪を引っ掴み、左右に振る。
「痛いっ! やめろっっ!!」
まさに地獄絵図。
「やっ、やめろっ!」
登がユリアの父親の制止を振り払った時、ユリアが登の身体を思いっきり押し退けた。
「離せっ!!」
ふらついた登が会場出入口の前に倒れ込む。
メデゥーサのように逆立つ髪、辛うじて踏みとどまった中腰の体勢、怒ったり泣いたりで幼稚園児の塗り絵の方がまだましだと思える化粧、そして、荒い息。
一年ほど前、会議室でタブレットをぶん投げた林海きらりほどぶっ飛んだ女はいないと思った自分に言ってやりたい。
上には上がいる――。
会場内の全員、姫でさえ唖然とする中、ドアが開いた。
そして、ホテルスタッフらしい男性が顔を出す。
「あの――」
「――しっちょー!!」
スタッフの足元から顔を覗かせた力登が、俺を見るなり走り出した。
俺とお揃いのタキシードを着た力登。
苦しくなったのか蝶ネクタイは外されている。
相変わらず重そうなお尻をフリフリさせながら、俺を真っ直ぐ見て瞳を輝かせる。
そんな力登の目には、自分に向かって手を伸ばす二人は目に入らない。
「りき――」
「――力登!」
俺は全力で力登に向かって走り出した。