偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~
「――訴えてやる!」
登の声に、力登を抱く腕に力が入る。
俺に蹴り飛ばされた登は、首を押さえて座り込んでいる。
確かに首より上を狙ったが、どうやら首を痛めたらしい。
「暴行罪だ! 下手したら死んでたかもしれない。殺人未遂だ!」
弁解はしない。
足を振り上げた時、打ち所が悪かったらどうなるかなんて、微塵も考えなかった。
「こんな男が秘書だなんて、トーウンの社長も大恥だな! 今すぐクビにするべきだ!!」
登は首を押さえていない方の手で俺を指さし、叫ぶ。
それだけ声が出るなら、さほどの怪我ではなさそうだ。
「りと! 見ただろ! あんな危険な男に俺たちの子供を抱かせていいのか!? 子供の前で暴力を――」
「――これにサイン、して」
強く握りしめてくしゃくしゃになった誓約書。
りとはそれを登の眼前に差し出す。
登はそれを見て、鼻の穴を広げた。
「目を覚ませ! 騙されてるんだよ! 見ただろっ。俺を蹴り飛ばしたんだぞ!? あんなっ――。り、力登に当たってたらどうなってたか――」
「――理人はあなたから力登を助けてくれたのよ」
「はぁ!? それじゃまるで、俺が力登に危害を――」
「――加えたわ。あの子の首を絞めた。あの子の口を塞いだ」
「違うっ! 俺はただ――」
「――サインして!」
「するか! 絶対しない!!」
「なら――」
りとが俺たちを見た。
いや、俺を。
悲しそうな、縋るような視線。
俺はハッとして、力登の耳を塞いだ。
それをみたりとが、登に向き直る。
「――あなたを力登に対する殺人未遂で訴えるわ」
「……は?」
力登が、自分の耳に当てられた俺の手を掴む。
離してほしいのだろう。
だが、今は離せない。
意味がわからなくても、聞かせたくない。
「赤ん坊の、ベビーベッドで泣いている力登の顔を手で覆った。今のように。あの頃の力登は、あなたの手で顔全体が覆えるくらい……小さかった。うっかり布団が顔を覆ってしまっても……自分で払えない赤ちゃん……が泣いていたのよ。なのに――」
りとが声を震わせる。
俺でさえ、さっきの光景に身体が震えた。
考えるより身体が動いた。
きっと、この場の誰もが。
だから、りとの言葉に、その光景を想像するだけで、目頭が熱くなる。
俺の腕の中で、耳を塞ぐなと足掻く力登を見て、無事で良かったと、本当に良かったと思う。
俺は彼の耳を塞ぐ手をパッと離し、また塞いだ。
それを、繰り返す。
力登は、訳が分からずに俺を見ている。
「――もう二度と、私と力登に関わらないで。誓約書にサインしないなら、訴えるわ」
「しょ……証拠もなしに! お前の妄想だと――」
「――あなたが買ったのよ! 録画機能付きのベビーモニターを!」
「……は?」
「きゃははははっ!」
力登は、途切れ途切れに聞こえる声が面白いらしく、笑いだす。
「登さん、あなたは力登を見てなにも思わないの? あんな風に笑う息子を見て、愛おしいと思わない? 何があっても、あの子の笑顔を守りたいと思わない!?」
「……」
りとが力登を見る。
登は見ない。
「録画……」
「サインを――」