偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~
俺は力登を抱いて、立ち上がった。
力登は「きゃあ!」と声を上げて喜ぶ。
そして、りとの前まで移動する。
「ママ、綺麗だな」
りとの瞳が揺れる。
「ママ! りきしっちょーといっしょ」
力登が俺の腕の中からりとに言った。
「そうね。力登、しっちょーとお揃いね」
黒のタキシードにグレーのシャツ。着た時には着けていた力登の蝶ネクタイがないから、まさにお揃い。
「ワンワしっちょも――」
力登が自分の首元に手を当て、あれ? と固まった。
「りぼ……」
自分の首や胸をペタペタと触る。
「力登。りぼんなくしちゃったの?」
力登の表情が曇っていく。
「あるよ」
いつの間にかすぐ横に怜人が立っていて、小さな蝶ネクタイを力登に差し出す。
「ごめんね、目を離しちゃって」
「おう!」
力登は怜人にすっかり懐いたようだ。
怜人から蝶ネクタイを受け取った力登は、それをりとに差し出す。
「つけるの?」
「うーうん! ワンワしっちょにあげんの」
「え?」
「りきしっちょーといっしょなの」
力登が俺の首に手を伸ばす。
「しっちょー、いっしょねー」
「そうだな」
「力登……」
登が力なく力登を呼ぶ。
力登は登を見てもなんのリアクションもない。
登の背後では、登の両親も涙を流しながら力登を見ている。
力登には不思議な光景だろう。
「登さん。私があの録画のことをあなたに言わなかったのは、ご両親から頼まれたのもあるけれど、力登のために忘れてしまいたかったからです」
りとの言葉に、登の母親が「ううっ……」と堪えきれない声を漏らした。
「でも、あなたが私と力登の幸せを壊そうとするなら、いつでもあれを公表します」
登ががっくりと肩を落とす。
「りとを……愛していただけなのに……」
「愛していたなら、彼女が何より大切にしている力登を全力で幸せにしようとすべきだったんじゃないのか」
「……」
「力登が大きくなって、実の父親に会いたいと言うなら止めません。でも、力登自身が望まない限りは、会わせません」
「力登……っ!」
登の両親は、間違いなく力登を愛しているのだろう。
だが、彼らは力登の祖父母であると同時に登の両親だ。
まずは、息子の仕出かしたこと、それを止められなかったことの責任を取るべきだ。
「帰ろう……」
登の父親が言った。
顔を伏せてなく妻の肩を抱き、ゆっくりと歩き出す。
登はその二人の後をとぼとぼをついて行く。
「ばいばい!」
力登が手を振った。
ちらりと振り返った登が、ぎこちなく手を振り返した。
それが、父子の別れとなった。
「私たちも、行くぞ」
父親に腕を掴まれたユリアが、虚ろな目で姫を見る。
「なんなのよ……。私は……私だって滝田に騙されていただけなのに。被害者なのに……」
まだ言うか。
「いい加減にしなさい、ユリア」
「泣き言は警察で仰ってください。仮に私が間違っていたのなら、その罰は甘んじて受けますわ。私、あなたとは違って自分の言動に責任を取れましてよ? もちろん、その時はこちらも数年かけて調べぬいた全てを公表させていただきますが」
「~~~っ!」