偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~

 鹿子木ユリアは父親に引きずられるようにして会場を出て行った。

 最後まで姫を睨みつけるその形相は、いつか俺のマンションで見た姫のそれに負けず劣らず。

 俺は思わず力登の目を手で覆っていた。

 夜、悪夢にうなされては可哀想だ。

 牧田と近本も出て行き、会場には俺と姫、東雲家と俵家の面々、そしてりとと力登だけになった。

「皆さま、私の復讐劇にお付き合いくださり、ありがとうございました」

 姫が深々と頭を下げる。

 力登を下ろし、俺も頭を下げた。

 足元で、力登が真似をしてお辞儀している。

 まったく、どこまで可愛い奴なのか。

「お詫びに、本日はこのホテルに部屋を取ってあります。ルームサービスも手配済みですわ。お寛ぎになって?」

 それは、聞いていなかった。

「あ、でも、これは……」

 梓ちゃんが持っている封筒を見せた。

「ああ! それはこの茶番とは無関係ですから、お好きなタイミングでご覧ください」

 そう言われて、躊躇なく開封する梓ちゃんはさすがだ。

 隣で、皇丞と社長が興味津々に見ている。

 あの封筒の中身は俺も知らない。

 封筒の中を覗き、手を突っ込んで梓ちゃんが取り出したのは、写真。

「~~~っ!」

 それを見て、梓ちゃんが手で口を押えた。

「なんだよ、これ!?」

 覗き込んだ皇丞が慌てて姫を見る。

「先日のパーティーでの無礼、許していただけるかしら?」

 梓ちゃんがコクコクと頷く。

 俺とりとは顔を見合わせた。

「なんでこんなものが――」

「――可愛いでしょう? 初めてお会いした時のご主人は、まだ中学生でしたの。年上の女性に囲まれて涙目になるご主人は、年下は眼中になかった私も食べちゃいたく――目が離せなくなるほどの初々しさでしたわ」


 中学生で涙目の皇丞……。



「ありがとうございます! 姫さん」

 梓ちゃんが写真を胸に抱き、姫に礼を言う。

「喜んでいただけて何よりですわ」

 姫が嬉しそうに微笑む。

「梓! そんなもの捨ててくれ」

「嫌よ。絶対、嫌!」

「その時のことは私もよく覚えているよ。写真では涙目だが、実際に泣きながら母さんのところに――」

「やーめーろーっ!」

「きゃははははっ!」

 東雲家の掛け合いに、力登が笑う。

「可愛いお子さんね。理人さんが必死になる気持ちがよくわかりますわ」

 姫が力登のそばに来てしゃがむと、そっと頭を撫でた。

「キラキラね! キレーね!」

 力登が姫のネックレスに手を伸ばす。

「ありがとう。私のとても大切な人に貰ったの」

 力登には意味がわからない。

「あなたにはこれをあげましょうね」

 姫がスカートのポケットから取り出したのは、見合いの場で俺が送ったピンクダイヤのネックレス。

「これを持っていたら、迷子になっても理人さんが見つけてくれますよ」



 ……やっぱり気づいていたか。



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