偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~

 盗聴器付きのネックレスについて、俺は姫に何も言っていない。

 姫の計画を聞いてからは使っていなかったし、ネックレス自体にそれなりの価値もあるから、詫びのつもりでいた。

 姫が力登の首にかける。

「キラキラ!」

「ええ。キラキラ」

「ありあと!」

「どういたしまして」

「ありあとった?」

「え?」

「キラキラ! サンキューって」

「……?」

「ネックレスをもらって礼を言ったかと、聞いているんだと思う」

 少し会わないうちに、力登は随分お喋りが上手になったし、好奇心も旺盛になったようだ。

 自分のことだけじゃない。

 他人の言動に興味を持つのはいいことだ。

 姫は胸元のネックレスに触れ、微笑んだ。

「これはね――」

 姫が力登に向かって言った。

「――私の義弟(おとうと)からもらったの。お別れする時に」

「……おとーと?」

 力登が首を傾げる。

「そう、弟」

「おとーと……」

「私と離れたくないと、泣いてくれた人なの」

「えーんてしたの?」

「そう」

 義弟。

 姫にとって両親の次に大切な存在。

 ユリアが手を出してはいけなかった相手。

「よしよし!」

 力登が笑顔で手を上げる。そして、振る。

「よしよし!」

「慰めてくれるの? 優しいのね」

 姫の唇が震える。

「おとーと!」

 突然、力登がぴょんっと跳ねた。

「りきも! おとーと!!」

 ぴょんぴょんと跳ねながら、りとのスカートを引っ張る。

「力登!? ちょ――」

「れーとも! おとーとなの」

「れーと?」

「怜人のことか?」

 力登が跳ねながら、俺の足元に移動してくる。

「おう! おとーとしょ? しっちょーの~……おとーと」

 久しぶりに聞いた、力登の気合の入った『の~』。

「よく知ってるな」

 力登の頭を撫でると、嬉しそうに目を細めた。

「りきも! ちょ~だい!」

「何を?」

「おとーと!」

「あら。りきくんは弟が欲しいの?」

 姫が聞く。

「おう!」

「力登くん、練習したこと言える?」

 怜人が聞く。

「おう!」

 力登は俺の前に、踏ん張る体勢で立つ。

「しっちょー、おとーとちょーだい」

「ちょーだい……って――」

「――ちょーだい!」

「力登。ちょーだいって言って貰えるものじゃないの、赤ちゃんは」

 りとが力登の隣にしゃがむ。

 が、力登は俺をじっと見上げて、目を逸らさない。

「ちょ~だい~っ!」

 ムキになる力登は、段々と涙目になっていく。

「あ~……。弟ってワードに全部持っていかれちゃったね」

 怜人が困り顔で言う。

「僕と練習したのは違う言葉だったんだけど」

「おとーとなの!」

「力登……」

 とにかく弟が欲しいと言い張る力登と、どうしたものかと困る大人たち。

 無理もない。

 初めての場所、知らない大人たち、お腹がいっぱいで泣き喚き、喜びはしゃいだ。

 二歳児には限界だ。

 俺はりとに耳打ちする。

「りと、力登を部屋に――」

「――おとーと!」

「力登、落ち着いて――」

「――聞いてもいいかな? 力登くん」

 突然杖が降ってきて、目の前でトンと着地する。

 力登はハッとして喚くのをやめた。

 じーさんがゆっくりとしゃがむ。

「力登くんの弟のママは誰かな?」

「……ママ」

「じゃあ、パパは?」

「……パパ?」

「そう。パパとママがいないと弟は生まれないんだよ」

「パパ……」
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