偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~

「子供がいるなんて……っ」

 きゃきゃっとはしゃぐ子供を見る只野さんは、鼻の穴を膨らませて頬をピクピクさせている。

「でもっ! 名字が違いますわ! どういうことですの!?」

 さてどういえばいいものかと考える。

 嘘はマズい。

 バレた時が厄介だ。

 だが、彼女の勘違いを利用して、俺を諦めてもらいたい。

「それは――」

 如月さんが俺のすぐ横に立ち、子供を抱く俺の腕にそっと手を添えた。

「――察していただけませんか?」

 ギリッと只野さんの歯ぎしりが聞こえるようだ。

 実際に奥歯を噛み締めたかもしれない。

 そんな表情。

「只野さん、そういうことですから」

 俺は彼女の勘違いを生かして、畳みかけた。

「家族を大切にしたいんです」

 嘘は言っていない。

 俺の言う『家族』が、具体的に誰を指しているかなんて、彼女にはわからない。

 思惑通り、只野さんは唇をへの字に曲げて、如月さんを睨みつけている。

 只野さんが俺と如月さん、そして彼女の子供を見て何を想像しているのか、知りたいようで知りたくない。

 足元の買い物袋を拾おうと腰を曲げると、視界に真っ赤な靴のつま先が飛び込んできた。

 尖っていて、蹴られたら、ヒールで踏まれるのと同じくらいめり込んで痛そうだ。

 そのつま先が、ビニール袋の持ち手を踏みつけた。

「あなたは騙されてます! その子は理人さんの子供ではないわ! ちっとも似ていませんし! 養育費が欲しいのでしょう? 他にもそう言って騙している男がいるんじゃありません? 子供の本当の父親がわからなくて、手当たり次第に――」

「――やめろ!」

 考えるより身体が動いた。

 只野さんの足元の袋を勢いよく拾い上げると、彼女もまた反射的に後退(あとずさ)る。

 俺は袋を腕にぶら下げ、反対の腕に抱いたままの子供の顔を胸に押し付け、手のひらで耳を塞いだ。

「子供の前でなんてことを――」

「――理人さん」

 我慢ならず、只野さんに大声を張り上げた時、背中を優しく撫でられた。

 次いで、名前を呼ばれてハッとする。

 如月さんが、穏やかに微笑み、その微笑みを保ったまま、只野さんと向き合う。

「只野さん、お願いします。理人さんを諦めてください」

 如月さんがゆっくりと深く頭を下げる。

「若くてお綺麗で他人を思いやれる優しいあなたはきっと、男性からのアプローチが絶えないと思います。でも、私には……、私と息子には理人さんしかいないんです。どうか、どうか私たちから理人さんを奪わないでください! お願いします」

 秘書という職業には、演技力も必要だっただろうか。

 顔を上げたら、瞳を潤ませているのではと思うような、熱のこもった、けれど震えた声。

 そこへ、電子音と共にエレベーターの扉が開いた。

 如月さんの子供――力登と同じくらいの男の子とその両親らしい男女が、目の前の光景に一瞬表情を固めた。

「ママ、ごめんなさい?」

 男の子が母親に聞く。

 そう見えても仕方がない。
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