偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~

「えっ!?」

 何人かの声がシンクロする。

 その中でひときわ大きな声を上げたのは、皇丞だった。

「理人と結婚するの、嫌なの?」

 母さんが聞く。

「華純、これは二人の問題だから――」

「――だって、せっかく書いたのに……」



 そういう問題か?



「母さんにボールペンまで渡して、結婚する気ないはずないじゃない。まだ! 今は書かないってことでしょ? 大体、なんでこんな大勢の前で――」

 胸の前で腕を組んだ哉華が、さも訳知り顔で話す。

「――ので」

 微かに聞こえたりとの声に、全員が彼女を見る。

「りとさん? 今、なんて――」

「――私は結婚しません! だって、誰からもプロポーズされてませんから!」



 …………っ――!!



「え?」

「は?」

「マジ?」

 みんながみんな、思い思いに呟く。

 だが、その視線は全て俺に向けられている。

「あ~あ。フラれちゃった」

 哉華がフンッと鼻で笑う。

「まだ、フラれたわけじゃないよ」

 怜人が俺を庇うつもりで傷を抉る。

「プロポーズされてないんじゃ、結婚しないわよねぇ」

 母さんが納得する。

「華純のように逆プロポーズって可能性もあるんじゃないかな?」

 父さんがとんちんかんなフォローをする。

「完璧な男だと見込んでいたが、私も耄碌したか……」

 じーさんが首を振る。



 誰か、まともなフォローをしてくれる家族はいないのか!



「りぃくんにはがっかりだな」

 社長がやれやれと言わんばかりにため息を吐く。

「梓、我慢は胎教に良くないからいいぞ?」

 皇丞が梓ちゃんの肩にそっと触れる。

 梓ちゃんはすぅっと息を吸うと、肩に力を入れた。

「ヘタレ!」



 ヘタ……。



「まぁ。皆さん、辛辣ですこと」

 姫がふふふと笑う。

 俺は一度呼吸を整えて、冷静に姫に言った。

「りとの封筒は、この場で開けないと言っておいたはずですが?」

 りとの封筒は、後で二人きり、いや力登も入れて三人になった時に開ける予定だった。

 りとと力登の部屋を用意したのは、姫ではなくて俺。

 パーティーの行方がどうなろうと、二人を西堂家に帰す気はなかったから。

 最上階のスイート、は結婚後に取っておこうと、デラックスツインルームを押さえていた。

 そこで開封し、婚姻届に名前を書いてほしいとプロポーズするつもりでいた。



 なのに、姫が――!




「この流れで開けずに済むと思っていらっしゃたのなら、読み違えましたわね」

「姫!」

「あ~あ。この状況で他の女を呼び捨てにするとか、ないわぁ」

「哉華は黙って――」

「――姉に向かって――」

「――姉さん! 今はそんなこと――」

「――婚姻届、せっかく書いたのにぃ」

「俺たちの婚姻届より綺麗に書けていたよね」

「曾孫……」

「うるさい!」

 ぴーぴーぎゃーぎゃーと喚く家族を一喝する。

 この状況を打破するより、滝田やユリアを糾弾する方がよほど簡単だった。

 俺は腰に手を当て、もう片方の手で前髪をくしゃりと握る。

 ちらりとりとを見ると、それまで俯いていた彼女と視線が絡んだ。

 挑戦的に見える表情。

 俺に何を望んでいるのか。



 公開プロポーズ……とか喜ぶより怒りそうだと思うんだが……。



 ここを読み違えてはいけない。

 が、まったく読めない。



 くそっ! 仕事ならこんなに悩まないのに!

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