偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~

「りと」

 りとの肩に力が入る。

 好奇と期待の視線で身体に穴が空きそうだ。



 見せ物になるなんて冗談じゃない!!



「力登。弟ができたら力登はお兄ちゃんだ」

「……おう!」

 力登がピョンと跳ねる。

「お兄ちゃんはママがいなくてもお泊まりできなきゃいけないんだ」

「……」

 意味がわからないのか、困り顔で怜人を見る。

 本当に、よく懐いたようだ。

「今日はママがいなくても寝れるか?」

「おう! りき、にーちゃなる!」

「怜人、頼んだぞ」

 怜人が紗南ちゃんと顔を見合わせる。

「兄さん。俺には――」

「――子供ができた時の予行練習だと思え」

「そんなぁ」

「しっちょーとねる!」

「え――?」

「――ママなくてしっちょー!」

「力登、そうじゃ――」

「――力登。しっちょーはママと大事なお話があるの」

 りとがしゃがんで力登の頬を撫でる。

「しっちょーが力登のパパになれるか、ママが見極めるからね」

「みき?」

 りとが笑って力登を抱きしめる。

「ママがおっけーしないと、しっちょーはパパになれないからね」

 思わずゴクリと唾を飲む。

「力登くん。私と美味しいものを食べましょう?」

 母さんが言う。

「私はね、理人のママなの」

「ママ?」

「そうよ。仲良くしてね」

「……」

「でも、おばーちゃんとは呼ばないでね? 華純さんて――」

「――華純。それは後でゆっくり話したらいいよ」

「そうね」

「力登くん、行こう」

「……」

 力登がりとにしがみつく。

 無理だろうか。

「おじさんはね、理人のパパだよ」

「……パパ?」

「そう。ああ、しっちょーって言う方がわかるかな?」

「しっちょー?」

「うん。しっちょーのパパだよ」

「いっしょね」

「……うん?」

 誤解があるようだが、ともかく力登がりとから離れて父さんの手を握った。

 俺の家族に慣れてくれるのは嬉しいが、こうも簡単に懐くのは心配でもある。

「あの――」

「――力登くんがママを恋しがったら部屋に連れて行きます。それまでは、不甲斐ない息子の話を聞いてやってもらえますか?」

 父さんが微笑むと、りとが少し心配そうに力登を見て、それからぺこっと頭を下げた。

「すみませんが、お願いします」

「さ! では、パーティーはここまでですわね。皆さま、本日はありがとうございました」

 姫が一礼する。

 こうして、婚約パーティーという名の断罪パーティーは幕を閉じた。

「行こう」

 俺はりとの手を引き、会場を出る。

 ホテルのスタッフがバタバタと忙しなく行き交っていた。

 滝田やユリアの姿は既にない。登もだ。

 彼らのその後は、きっと明日の朝のニュースになっているだろう。

 りとがそれを見られるかどうかはわからないが。
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