偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~
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「はぁ……」
革張りのソファに身を沈め、俺は深いため息をついた。
そして、部屋を見回す。
やっぱり、全然違うな……。
キッチンカウンターと高さを揃えたダイニングテーブルに、ハイチェアーは二脚。ガラスのローテーブルに、硬めのソファ。テレビとブックシェルフ。
それだけ。
モノトーンの部屋に温かみなんてない。
それでいい。
その方が、いい。
必要ない。
背をもたれ、天井を眺め、目を閉じる。
疲れた……。
ちょっと買い物に出ただけなのに、只野姫は押しかけてくるし、如月さんには出くわすし、如月さんの子供には懐かれるし、如月さんの夫まで現れるし。
あ、元夫、か。
どっちでもいい。
いや、よくないな。
登はまた、来るだろうか。
来るだろうな。
只野姫も諦めたかどうか疑わしい。
めんどくせぇ……。
俺は立ち上がり、洗面所で顔を洗った。冷水で。
だが、何となく気が晴れなくて、シャワーを浴びた。
バスルームの鏡に映る自分を見て、そう言えば、と思った。
今日の俺は、只野姫が惚れた俺とは大分違った。
秘書の俺に惚れたのなら、今日の俺を見てイメージが違うとは思わなかったのだろうか。
無精ひげ姿なら、ドン引きしてくれたんじゃ……。
次の休みは髭を剃らずにいようか。
でも、その格好を如月さんには見られたくないな。
ふぅっと息を吐き、首を回し、ハッとした。
なんで、如月さんに会う前提なんだ。
お好み焼きを食べた後、力登にせがまれてブロックで遊んだ。
怜人も俺が家とか車とかヘリコプターを作ってやると喜んだことを思い出し、力登にも作ってやった。
力登は大喜びして、如月さんは「私はこういうのうまくなくて」と作り方に興味深々だった。
まだ遊びたいと言う力登に「またな」と言うと、次はいつかと聞かれ、俺は「仕事が休みの日」と言った。
ただ、それだけ。
次の休日、と約束したわけじゃない。
約束したとしても、あのくらいの子供は一週間もしたら忘れるだろう。
いや、意外とちゃんと覚えてたりするんだよな……。
『しっちょー、またね!』
正しい意味を理解してはいないだろうが、自分がどうすべきかはなんとなくわかったのだろう。
怜人もそうだった。
学校に行く俺に『にーちゃ、ばいばい!』と涙を浮かべて手を振った。
懐かしいな……。
俺はシャワーの後で、怜人に電話をかけた。
もう、一年近く会っていない。
男兄弟なんてそんなものだ。
まして、十歳も年が離れている。
『もしもし?』
「よ」
『珍しいね』
「ああ」
『なんかあった?』
「いや?」
こちらからかけておきながら、このそっけなさ。
怜人も、意味がわからないだろう。
「元気か?」
『うん。そっちは?』
「まぁ、普通に?」
『マジ、どうしたんだよ』
「ちょっと、な。仕事は順調か?」
『普通だよ。な、マジでどうしたんだよ』
にぃちゃん、と泣きながら俺の後をついてきた可愛い弟は、今や俺の心配をするほど大きくなった。