偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~
「彼女とはどうなった?」
『普通だよ』
「マンネリってことか」
『普通に仲良くやってるってこと』
「そうか。なら、いい」
怜人は数年前。まだ大学生の時に学生結婚したいと言い出した。
どちらの両親からも反対され、駆け落ちしようとした二人を、俺が説得した。
結婚願望どころか一人の女と長く続かない俺に、二人は運命論を説き、俺はそれを鼻で笑った。
結婚を三年我慢出来たら信じてやる、と。
『紙切れで相手を縛らなきゃ安心できない愛なんて、一年ももたないか』
若い二人は俺の挑発に乗った。
そして、三年間、我慢した。
真面目に実家から大学に通い、バイトをして金を貯め、揃って公務員となった。
大学卒業と同時に二人は結婚し、会うたびにドヤ顔で結婚はまだかと聞く。
「お前たち、子供は?」
『うん? なに、急に』
「いや、子供ほしいって言ってたろ?」
『まぁ、うん。ほしいけど、今はまだいいかな』
「そうか」
共働きで余裕があるからか、二人でよく旅行するらしいと、姉さんが羨ましがっていた。
『兄さんは?』
「うん?」
『俺に報告するようなこと、ないの?』
「ないな」
『人の世話ばっかりしてないで、ちゃんと自分の――』
「――お前が俺の心配するなんて、十年早い」
『十年前もそう言った』
「忘れたよ、そんな昔のこと」
高校に入った頃から、怜人は俺の女関係の乱れに苦い顔をするようになった。
怜人が恋愛ごとに慎重だったのはそのせいだろう。
高校の時にできた初めての彼女とはキス止まり。大学に入ってできた彼女とはセックスしたらしいが、浮かれた付き合いをするでもなく、すぐに別れてしまった。
そしてできた三人目の彼女が、妻となった。
『兄さんて、本気になったら俺も引くくらい人格変わりそうだよね』
「は?」
『ただでさえ世話焼きなのに、それが好きな女となるとヤバそう』
「俺は世話焼きじゃないし、そんな風に女に本気にはならない」
『そう言ってる人ほど――』
「――もうきるぞ」
『兄さんから電話してきたくせに』
「またな」
返事を待たずに電話をきると、スマホをテーブルに置き、ソファに横になる。
生意気な……。
十歳も違うから、俺の中で怜人はいつまでも子供のまま。
でも、俺が三十四ということは怜人は二十四で、もう立派な大人だ。
子供……ね。
俺は一人でいい。
自分が学校行事に参加している姿なんて、想像できない。
目を閉じ、深く呼吸すると、甘い匂いがした気がした。