偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~


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「では、朝礼を行います。おはようございます」

「おはようございます」

 俺の挨拶に続いて、全員が揃って挨拶をする。

 毎週月曜日は朝礼があるため、秘書たちは通常より三十分早く出社する。

 通常、皇丞の業務に合わせて出社する如月さんは絶対ではないが、彼女の意思で朝礼に出ていた。

 子供がいることを知らなかった今までは当然だと思っていたが、今朝は違う。

 この時間に間に合うように力登を保育園に預けるには、何時に起きているのか。

 力登はぐずったりしないのだろうか。

 そんなことが気になった。

「本日の役員会議は十三時三十分からとなります。社長、副社長、東雲専務秘書は同席し、サポートと議事録の作成をお願いします。会議室の準備は――」

 月に一度の定例役員会議では、ニ、三名の秘書が議事録作成のために同席する。

 議題によって俺が指名するのだが、今回は皇丞の指示もあって如月さんも同席する。

 保育園プロジェクトの進捗報告があるからだ。

 朝礼後、自分の席でパソコンに向かう彼女の横に立った。

「今日はいつもより勤務時間が長く――」

「――大丈夫です」

 決して意地になっているのではなく、自然な声のトーンに表情。

 如月さんはチラリと周囲を気にしつつ、小声で続けた。

「ありがとうございます」

 俺は眼鏡のブリッジを上げると、その場を離れた。

 俺らしくない。

 朝礼に出るのも、会議に出るのも、仕事だ。俺が気にすることじゃない。

 子供を保育園に預けてフルタイムで働いている女性だって大勢いる。

 その人たちに比べたら、彼女は子供との時間を持てている。

 一日くらい保育園に預ける時間が長くなるくらい、なんてことはないだろう。

 図らずも契約関係となってしまったが、あくまでもマンション内でのこと。

 仕事に私情は挟まない。

「室長」

 部下に声をかけられて、頭を切り替える。

「はい」

「役員会議の休憩にお出しするお茶請けですが――」

 只野姫に執着されることがなければ、俺は今も力登の存在を知らなかったはずだ。

 仕事中は、その(てい)でいればいい。

 彼女がキーボードを叩くカタカタとリズミカルな音を心地よく思いながらも、それを認めまいと部下の声に意識を集中した。

 役員会議は予定通り十三時三十分に始まり、順調に議題を消化していった。

 が、副社長から備品の使用状況を確認するために総務部長を呼びたいと言われ、一旦休憩を挟むことになった。

 鹿子木らがお茶とお茶請けを用意し、その間に副社長秘書が総務部長を呼びに行った。

「副社長は何を気にしている?」

 社長が小声で聞く。

 身を屈めて、俺もまた小声で言った。
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