偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~
「営業部から申請のあった、USBメモリやマウスといったパソコン関連の備品が気になっているようです」

「消耗品ではないのか」

「早々壊れるものではありませんし、記憶媒体に至っては、紛失などあってはならないことです」

「情報の流出があったと?」

「もしくは――」

 俺と社長が声の方に顔を向けると、皇丞が席を立ち、こちらに歩いてきた。

 そして、社長の隣の席に座る。

 頬杖を突いて顔を窓の外に向けた。

「備品の窃盗、とか?」

「それは、穏やかではないな」

 社長も同様に窓に視線を向ける。

 俺は二人の背後に立っているから、つまりは俺を見ているも同然。

 俺は少し三歩ズレて、彼らの視界から外れた。

「転売したところで、たいした金額にはならないんじゃないか?」

 社長が呟く。

「チリも積もればなんとやら、と言いますからね」

「うちの給料はそんなに低いのか?」

「それなら、三名の中途採用の募集に五十名も応募してきませんよ。電話での問合せも含めればもっとです」

 俺の言葉に、社長が満足気に頷く。

「入社面接では、金遣いまではわかりませんからね」

 皇丞がため息をつく。

「知っていたのか?」

「え?」

「今、初めて知ったわけではなさそうだな?」

「ああ。そもそも、この件に気づいたのは俺の秘書なんです。念の為に副社長にお伝えしました」



 は……?



 初耳だ。

 副社長が総務部長と内々に連絡を取り合っていること、その内容が備品購入に関するものであることは知っていた。

 調査対象が営業部であることも。

 総務は副社長の古巣だ。

 総務部長は彼の元部下で、プライベートでも親しいらしい。

 だから、総務部長が気づいて副社長に報告したのだと思っていた。

 まさか、如月さんが情報源だったとは。

 無意識に奥歯をギリッと噛んだ。

 如月さんの上司は皇丞だ。

 報告するのは当然。

 だが、俺だって彼女の上司だ。

 皇丞が口止めしたのでもない限り、報告があってもいいはずだ。

 いや、報告があるべきだ。

 ムキになることではない。

 皇丞から俺の耳に入ると思って言わなかっただけかもしれない。



 あの優秀な如月さんが、そんな風に考えるか?



 互いに忙しいから言い損ねただけかもしれない。



 彼女の部屋で数時間、一緒だったのに?



 ひと言言えば済むことだ。

 皇丞の後でもいいから報告が欲しかった、と。



 欲しかった?



 違う。

 報告すべきだった、だ。

 決して、個人的な感情で言っているわけではない。

「この場に総務部長を呼ぶということは、当人への注意で済む問題ではなかったということか」

 社長の言葉で、一瞬だがぼうっと考えに耽っていたことに気づき、背筋を伸ばす。

「そのようですね」
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