偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~

 資料をデスクに置き、会議室に戻ると、如月さんが片づけをしていた。一人で。

「あなたの業務ではないでしょう」

 彼女はドアの前の俺を一瞥し、机を拭き続ける。

 カップやペットボトルがないところを見ると、既に片付け終えているのだろう。

「わざわざ呼ばなくても、すぐに終わりますから」

 そう言いながらも、会議終了から十五分は経っている。

 秘書室に戻って荷物を持ち、会社を出られるほどの時間だ。

「勤務時間は終わっています」

「大丈夫です」

「ですが――」

「――今日は議事録まで終わらせるつもりでいたので」

「明日で結構です」

「終わらせておきたいんです」

 どこか頑なな彼女の口調に、なぜかムッとした。

 本人の意思でやると言っているのだから、やらせればいい。

 わかった、と言って立ち去ればいい。

 そう思うのに、なぜか彼女がひとりで片づけをしている姿を見ていると、イライラする。

嶋野(しまの)さんも今日は作成できません」

 副社長は残業を嫌う。

 もちろん、必要ならば厭わないが、基本的にノー残業推進派で、家庭のある自分の秘書の嶋野さんにも残業はさせない。

 だからといって、業務量が少ないわけではないから、それを問題視する声はない。

 議事録は嶋野さんと如月さんの作成したものを俺がチェックして完成させるし、録音もあるわけだから、絶対に今日作成しなければいけないわけではない。

「私は嶋野さんよりも勤務時間が短いですし――」

「――契約の勤務時間内で終えられない業務量ならば、専務に――」

「――そこまで室長にお気遣いいただかなくても、自分で判断します」



 は……?



 苛立っている。

 理由はわからないが、彼女は苛立っていて、その矛先は俺に向けられている。

 普通に考えれば、理由も俺だろう。

 俺はゆっくり、ふぅっと呼吸を整えると、彼女は手を止め、俺を見た。

「すみま――」

「――そうですか。余計なことを言いました」

「室長」

 俺もまた、苛立ちを隠せていないのだろう。

 如月さんが何か言いたげに口を開いた。が、声を発する前に俺は彼女に背を向けた。

 そのまま、会議室を出てドアを閉める。

 人差し指で眼鏡のブリッジを上げながら、いつもより足早に秘書室を目指す。



 可愛くない女!



 奥歯をグッと噛み、久しぶりに今夜は女を呼び出そうかと思った。

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