偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~



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 年上の女が嫌いだ。

 女王様気質の姉がいることが原因の七割を占め、お姫様気質の母がいることが二割、残りの一割はまぁ、経験と偏見からだ。

 往々にして、生存年数が長いと知識と経験は増え、自分より若い人間にはそれをひけらかしたくなるものだ。

 それが女となると、ムッとしてしまうのは、男尊女卑などではなく、雄の本能のようなものだろう。

 年上じゃなくても、学歴や成績、収入の多い女に、男は嫉妬し、嫌う。

 飲み会で楽しそうに女を扱き下ろし、蔑む男どもは、最終的にはセックスの話で締め括る。

 女を組み敷く、という物理的な上下関係に安心したいのかもしれないが、そういう男ほど騎乗位が好きだったりするものだ。

 俺は人前でセックス談義はしないし、特別騎乗位が好きなわけでもないが、年上の女は嫌いだ。

 だから、俺にとって年上の賢い女は鬼門と言える。

 その鬼門が、目の前にいる。

「はい」

 梓ちゃんよりも背が低いな、と思った。

 ペコッと頭を下げたから、肩より少し上で切り揃えられた髪が頬をくすぐるように揺れた。

 とても年上には見えない。

 以前、もう何年も前だが、彼女を見た時は年相応に見えた。

 当然だ。

 その時は黒のパンツスーツ姿で、化粧もしていた。

 が、今はクリーム色のパーカーにジーンズ姿で、恐らくノーメイク。

 サンダルを履いて、玄関ドアが閉まらないように手で押さえている。

「あの……」

 反応からして、彼女は俺を覚えていないようだ。

 無理もない。

 彼女同様、俺もオンとオフとではまるで別人だと言われる。

 仕事中は後ろに撫でつけている髪も、今は前髪が額を隠しているし、眼鏡もノーフレームのスクエア型ではなく、べっ甲フレームのレンズが大きいもの。

 学生時代から家にいる時に使っているもので、少し度があっていないがまぁいいかと思っている。

 服装も彼女同様、白のパーカーに黒のスラックスだ。

「上の部屋に引っ越してきた者です。夜間に掃除洗濯の物音がするかもしれません。出来るだけご迷惑にならないようにいたしますが、どうぞよろしくお願いいたします」

 失礼は承知で、名乗らなかった。

 この状況では、むしろ覚えてもらっていなくて都合が良い。

 いくら同じマンションとはいえ、そう顔を合わせることはないだろう。

 俺は「ご挨拶の品です」と三十センチ角くらいの箱を差し出した。

「ご丁寧にありがとうございます」

 彼女はドアに背中をつけて押さえ、両手で箱を受け取った。

「では、失礼いたしました」

 一礼し、さっさと立ち去る。

 まったく、なんて偶然だ。

 俺はエレベーターの到着を待たずに、階段で部屋に戻った。

『あなたは秘書として絶対にしてはいけないことをしたのよ』

 昔の、人生最大の汚点ともいえる出来事を思い出してしまい、つい勢いよくドアを閉めてしまった。



 落ち着け。あれから何年経っていると思ってる。



 自分でも思う。

 なまじ失敗のない人生を送ってきたからこそ、何年経っても忘れられない。

 教訓として忘れてはいけないことではあるが、失敗そのものよりも叱責を受けたのが初対面の年上の女であることの方が強烈な記憶。



 俺はもう、あの頃とは違う。



 女から逃げ込んだ先が、会いたくなかった女と同じマンションだなんて、笑えない。



 厄年だったか……?



 俺は深いため息をついて、荷解きの続きに取りかかった。

 そして翌日、たとえ世の中がどうであれ、俺は間違いなく大厄なのだろうと思った。

如月(きさらぎ)りと、と申します。よろしくお願いいたします」

 一礼した彼女の髪は、やはり毛先が頬に触れた。

 ベージュのパンツスーツに、真っ白のシャツ。整えられた黒髪に短い爪は自然な色。最低限の化粧に、控えめだが健康的な色の口紅。

 悔しいが、我が秘書室の若い女性たちに見習わせたい。

 いや、悔しがる必要はない。

 専属秘書は俺を含めて四人が男で、女性は一人。

 見習わせたいと思う女性は、基本的に表には出ない。

 その理由は、容姿だけではない。

 如月りとは、六人目の専属秘書となる。

 不本意だが。
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