偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~

「すみません」

「いえ」

 やはりバッグは重かった。

 ノートパソコンは支給品で持ち出し禁止だし、着替える必要もない。となると、力登のものだろうか。

「あの、室長」

 上昇する鉄の箱の中で、彼女が言った。

「さっきは失礼な言い方をしてしまって、すみませんでした」

「……いえ」

 それだけ。

 気まずい空気は変わらない。

 エレベーターが七階に到着し、彼女が下り、俺が下りた。

 部屋の前まで行き、彼女がバッグから鍵を取り出し、ドアを開ける。

「あの、少しだけ待っていてもらえますか」

 そう言うと、俺の返事は待たずに、彼女は部屋に入って行く。

 どうしたものかと、ひとまず玄関の中に入り、彼女のバッグを廊下に置いた。

 力登を布団に寝かせてきたのだろう。

 如月さんはリビングではない、俺の部屋でいう寝室から出てきた。

 そして、一度リビングに行ってから戻ってきた。

「これ、を」

 差し出されたのは、パン。

 土曜日に俺が力登にあげたのと同じもの。

 基本、俺は短気ではない。

 だが、ムッとした。

 今日はよく、ムッとする。

 しかも、原因は全て如月さん。

 彼女はそれに気づいているだろうか。

「力登がわがままを言って、すみませんでした」

「結構です。私が好きでしたことですし、力登くんのわがままだとも思っていません。それに、言ったはずです。あの時、あなたと力登くんに助けられたお礼だと」

 棘、というかツララのような冷たくて先端が尖った口調と、言葉なのは自覚がある。

 だが、事実だ。

 二百円もしないパン一袋ぐらいでと自分でも思うが、如月さんではなく力登にあげたものだし、彼は喜んで食べていた。

 なのに、こうして返されると、余計なお世話だったと言われているようだ。

「お好み焼きも……ご馳走になりましたし」

「あなたが作ったものだ」

「でも、材料は室長が――」

「――そんなに細かいことを気にするような男に見えますか」

 イライラする。

 それはもう、マジで。

 言い方がきついし、きっと目つきもキツイ。

 如月さんを怯えさせるつもりはないが、苛立ちを隠せない。

 だが、彼女は怯えるどころか、ムッとした表情で俺を睨んだ。

「私の気持ちの問題ですから」

「は?」

「借りを作るようで嫌なんです」

「借り?」

「室長は私たちに助けられたと仰いますが、私も助けられました。それで、あいこでしょう? それに、お願いしたはずです。力登のことは黙っていてほしいと、なのに――」

「――何が言いたいんですか」

 彼女が、なぜこんなに頑ななのか、興奮気味なのか、わからない。

 少なくとも、土曜にお好み焼きを食べて部屋を出た時は、互いに和やかだった。

 いや、俺は多少、状況に戸惑いがあったが、彼女もそうだったということか。

「今日、急に私の勤務時間のことや業務量について言われたのは、力登のことを知ったからですよね?」

「……」

 そうだ。

 確かに、そうだ。



 それが迷惑だった?



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