偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~
我慢しようと鼻を押さえたら、変な声が出た。
どうしようもなくなって、素直に鼻水をすする。
すると、また鼻の奥がムズムズする。
「おい。鼻をすするな。かめ」
いつも私が力登に言っていることを言われてしまい、恥ずかしくなる。
頬にサラッとくすぐったい感触。
私は正体を見ようと首を回した。
ティッシュが数枚、差し出されている。
受け取り、起き上がって、はなをかむ。
びーーーっと激しい音が響く。
「力、入れすぎだろ」
くくくっと笑われて、恥ずかしさから鼻からティッシュを離せない。
「ほら、りんご」
目の前に、透明なガラスのデザートボウルに入ったりんご。
皮が剥いてあって、ひと口大。
私はティッシュで鼻を拭いて、ボウルを受け取った。
ひんやりしていて気持ちいい。
「食べさせてやろうか」
彼がフォークをつまむ。
りんごにフォークの先端が突き刺さり、ボウルから浮き上がる。
「ほら、あーん」
「じっ自分で――」
「――病人の特権だ」
「いりませんっ」
ムキになって言ったら、それだけで息切れする。
「じゃあ、口移しで?」
「からかわないで!」
はぁと肩で息を吐く。
疲れる。
今は、室長と言い合うのも体力の消費が激しい。
「ムキになるな、熱が上がる」
「室長が……悪いんじゃ……」
「あんなキスしたのに、口移しくらいでムキになるなよ」
「あれはっ、室長が――」
口の中にりんごが突っ込まれ、私は言葉ごとかみ砕く。
瑞々しくて、美味しい。
「食べたら、飲めよ」
ベッドの頭側の横に置いてあるローチェストの上に、ペットボトルのミネラルウォーターと市販の解熱剤、それから銀色の小さな袋が置かれた。
「それは俺が常備している漢方薬。風邪によく効く」
「……ありがとうございます」
ムカつくほど気が利く。
漢方薬を常備し、タイミングよく力登が好きなりんごまで持って登場するなんて。
……りんご?
「あの、このりんごって……」
「ああ。まぁ、見舞いだ」
「……なにからなにまですみません」
「いや……」
室長が手で口元を押さえ、ふいっと視線を逸らした。
照れてる……?
室長が部屋を出て行き、私はりんごを食べた。
薬を飲み、横になる。
すぐに眠気に襲われた。
あ、室長は会社に戻るのに……。
そう思った時には、脳がスリープモードに入っていた。