偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~

 こめかみにはり付いた髪を指で払ってやる。

 りとは、目を閉じ、胸を上下させてゆっくり、大きく呼吸をした。

「いいパパになりますね」

「いや、向いてない」

「……?」

「結婚に、向いてない。俺が、家庭人に見えるか?」

「そう思うなら、結婚しない方がいいですよ」

「……ああ」

 意外だった。

 彼女なら『そんなことない』とか言いそうだと思ったから。

 いや、彼女なら、じゃない。

 普通は、きっと。



 そういえば、奴もそうだと言っていたな。



 一緒にされるとかなり気分が悪いが、登も『結婚に、父親に向いていなかった』とりとが言っていた。

 それはそうだろう。

 あんなに可愛い息子を手に掛けるような男が、父親に相応しいとは思えない。



 だからって、俺が相応しいわけでもないが。



「喋り過ぎたな」

 俺は立ち上がり、彼女の頬を撫でた。

 どんな女とセックスしても、最中くらいしか優しくしないのに、どうしてこうもりとには触れたくなる。

「おやすみ」

「おやすみ……なさい」

 まったく、調子が狂う。

 俺は首をひねってコキコキと関節を鳴らしながら、寝室を後にした。

 力登は手のかからない子だ。

 同じ頃の怜人と陽邑(ひさと)と比べたら、だが。

 俺が高校生になると、怜人も小学生になり、自然と距離ができた。

 俺があまり家にいなくなったから、仕方がない。

 それでも、勉強を見てほしい時や悩みがあれば俺のところに来た。

 俺が大学生になると、姉の哉華(かなか)がデキ婚し、一年半で出戻ってきた。娘の陽邑を連れて。

 就職活動を早々に終えていた俺は、陽邑の世話を押し付けられるようになった。

 子供の世話に慣れているのは、このためだ。

 俺の母親は孫を可愛がるだけで世話はしなかった。

 姉も母に世話されたのでは心配だと言った。

 陽邑は俺と、中学生になった怜人によく懐いた。

 だが、姉そっくりの女王様気質を持って生まれた陽邑は、それはもうわがままだった。

 おむつなんて自分で持ってきたことはないし、フルーツだって食べさせろと口を開けて待つ始末。

 だから、りんごを自分の手に持って食べたり、おむつを取りに行く力登は、俺にはこの上なく手のかからない子なわけだ。

 今だってそうだ。

 大人しくテレビを見ていた力登は、瞼を重そうにして首をもたげている。

「力登、眠いのか?」

 そういえば、風邪薬を飲んだと言っていた。

 子供の風邪薬には眠気を誘う成分が含まれていることが多い。

 コクリコクリと身体を揺らして舟を漕ぎながら、ひっくり返らないかと心配になる。

「おいで」

 腰を屈めて手を差し出すと、力登もまた腕を俺に向けて伸ばした。

 抱っこすると、ずしりと重い。

 俺の肩に顔をのせて、小さな手で首にしがみつく。
< 48 / 151 >

この作品をシェア

pagetop