偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~

「あ……の……」

 消え入りそうなか細い声に、思わず人差し指の関節が小さく曲がった。

 泣いているのではと思った。

 確かめたくて、彼女の頬に手を伸ばす。

 照明がなくとも、そうできるほどには目が暗闇に慣れてきた。

 俯くりとの頬を手のひらで包み、上向かせる。

 涙の気配はない。

「今更ですが――」

「――やめないぞ」

「え?」



 俺は、なにを――。



 部屋が暗くて良かった。

 無意識に、反射的に発した自分の言葉に、全身がカッと熱くなる。

 きっと顔も赤いだろう。

 それを、りとに見られなくて良かった。

「わる――」

 手を引っ込めようとしたら、その手を握られた。

「――久しぶり、なので……」

 余裕がなさ過ぎて、自分に萎える。

 女の反応を見てコトを進めるいつもの自分はどうしたのか。

 今は、りとを気遣う余裕すらない。

 久しぶりだと言う彼女から下着をはぎ取り、乱暴に押し倒すと、柔らかな膨らみを握り、尖端を口に含む。

「あ……っ」

 乱したい。

 他の誰も知らない、りとの『女』の表情(かお)が見たい。

 元旦那も、その前の男たちも見たことのないような、りとの表情を。

 舌の腹で包むように弄ぶと、先端が硬く膨らむ。

 舌先で突くと、りとが身を捩った。

「やぁ……っ」

 喉を詰まらせたような、苦しそうな声。

 だが、嫌がっているわけではないことは、いくら余裕がなくてもわかる。

 空いている手で、反対の胸の形を変える。

 親指の腹で尖端を捏ねると、彼女が背をしならせた。

「んっ……、は……」

 身体が熱い。

 俺は身体を起こすと、シャツのボタンを外した。

 ベルトも外して、スラックスのファスナーを下ろす。

 開いたファスナーから飛び出してきた己の熱の質量に、少し驚いた。

 重く、熱い。

 どれだけりとが欲しいのか。

 足の間で、彼女がもぞっと動いた。

 その拍子に俺を刺激する。

「う……」

 軽くしか触れていないのに、ソコから全身に痺れが走る。

「ごめんなさい!」

 りとが身体を起こす。

「いや、大丈夫だ」

 目が慣れたとはいえ、暗いなかでは表情まではわからない。

 だが、りとの視線の先はわかる。



 見られている……。



 うっとりと、とか、期待して、でないとわかるのは、彼女が微動だにしないから。

「りと?」

 呼びかけに顔をあげる。

「はい」

「どうした?」

「いえ、なんか……」

「なんか?」

「……大丈夫かな、と」

 なにが、とは聞かないでおくことにした。

 代わりに「大丈夫だ」と言った。

 そして、キスをする。

 啄むように、軽く。

 徐々に、深く、いやらしく。
 唇の隙間から、はぁ、と吐き出した息が震えている。

「少し落ち着こうか」

「……え?」

「待ってろ」

 俺は寝室を出てキッチンに行き、冷蔵庫からミネラルウォーターを持って戻った。

 りとはタオルケットで身体を隠しながら、起き上がろうと身を捩っている。

「どうした?」

「……」

 俯かれると表情が見えない。

 仕方なく、俺はカーテンを少しだけ開けた。

 ほんの少し。

 だが、さすがに真昼間なだけあって、差し込んだ陽の明かりだけで十分彼女の表情が見えるようになった。

 同時に、彼女も俺の表情が見えるわけだが、どうやら目についたのは顔よりももっと下部だった。
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