偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~

*****


 流されやすいようで、りとは頑固だった。

 時間ギリギリまで抱き合って、シャワーを浴びた彼女は、一緒に行くと言った俺がシャワーを浴びている間に出て行った。



 押しすぎたか……?



 勝手を言った自覚はある。

 散々思わせぶりなことを言って、結局はりとを抱きたかっただけだ。

 そして、抱いてしまったら、離せなくなった。

 身体の相性なんて、余程最悪でない限りは誰も同じだと思っていた。

 だが、違った。

 今までの女では感じたことのない興奮、焦り、高揚、満足感、そして、恐怖。

 ベタな言い方をすると、溺れた。

 最高に気持ち良くて、今後他の女を抱ける気がしない。



 いや、今だけかもしれない……。



 ソファに身体を沈め、天井を見る。



 ベッドじゃあんなに甘えてきたのに、さっさと出て行くし……。



 目を閉じ、感じている彼女を思い出す。

 それだけで、身体が疼く。



 学生の頃でもこんなことなかったな……。



 ふぅっと息を吐き、立ち上がった。

 こうして悶々としているのは性に合わない。

 財布と鍵、スマホをジーンズのポケットに突っ込んで、部屋を出た。

 飲みたい気分なわけではないが、酒を買うつもりで。

 だが、マンション前に停まった黒塗りの車を見て、思わず柱の陰に隠れた。

「ありがとうございました」

 りとの声。

「バイバイ!」

 力登の声。

「力登くん、またね」

 年配の女性の声。

 恐らく、登の母親だろう。

「おう!」

 運転手付きの車を見ただけでも、富裕層なのは確か。

 だが、力登には関係ない。

 通常運転の力登に、思わず笑ってしまいそうになる。

「りとさん。さっきの話、考えておいてね?」

「……はい」

「どうか、お願いします」

「やめてください、お義母さま」

 奥歯をギリッと噛んだのは、無意識。

 りとが登の母親を『お義母さま』と呼んだ。



 りとはもう、登の(おんな)じゃないのに――!



「それじゃあ、ね」

「はい。ごちそうさまでした」

 バタンッとドアが閉まる音。

「ばいばーい!」

 力登の元気な声。

 俺は慌てて、柱に寄りかかってスマホを取り出した。

 さも、待ち合わせか何かをしているフリ。

 俯き加減で、俺の横を走り去った車を見る。

 登は見るからにお坊ちゃまだったし、息子の元妻にマンションを与えるところを見ると、かなり裕福だろう。



 登……。



 名前だけでは思い当たらない。



 つーか、登母が言っていたりとが考えることとは?



 いい話のはずがない。

 登の母の提案か願いで、りとにとって嬉しい話なんてあるはずがない。

 きっと、マンションを与えてもらっているからと、りとが断れないような話なのだろう。
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