偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~
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流されやすいようで、りとは頑固だった。
時間ギリギリまで抱き合って、シャワーを浴びた彼女は、一緒に行くと言った俺がシャワーを浴びている間に出て行った。
押しすぎたか……?
勝手を言った自覚はある。
散々思わせぶりなことを言って、結局はりとを抱きたかっただけだ。
そして、抱いてしまったら、離せなくなった。
身体の相性なんて、余程最悪でない限りは誰も同じだと思っていた。
だが、違った。
今までの女では感じたことのない興奮、焦り、高揚、満足感、そして、恐怖。
ベタな言い方をすると、溺れた。
最高に気持ち良くて、今後他の女を抱ける気がしない。
いや、今だけかもしれない……。
ソファに身体を沈め、天井を見る。
ベッドじゃあんなに甘えてきたのに、さっさと出て行くし……。
目を閉じ、感じている彼女を思い出す。
それだけで、身体が疼く。
学生の頃でもこんなことなかったな……。
ふぅっと息を吐き、立ち上がった。
こうして悶々としているのは性に合わない。
財布と鍵、スマホをジーンズのポケットに突っ込んで、部屋を出た。
飲みたい気分なわけではないが、酒を買うつもりで。
だが、マンション前に停まった黒塗りの車を見て、思わず柱の陰に隠れた。
「ありがとうございました」
りとの声。
「バイバイ!」
力登の声。
「力登くん、またね」
年配の女性の声。
恐らく、登の母親だろう。
「おう!」
運転手付きの車を見ただけでも、富裕層なのは確か。
だが、力登には関係ない。
通常運転の力登に、思わず笑ってしまいそうになる。
「りとさん。さっきの話、考えておいてね?」
「……はい」
「どうか、お願いします」
「やめてください、お義母さま」
奥歯をギリッと噛んだのは、無意識。
りとが登の母親を『お義母さま』と呼んだ。
りとはもう、登の妻じゃないのに――!
「それじゃあ、ね」
「はい。ごちそうさまでした」
バタンッとドアが閉まる音。
「ばいばーい!」
力登の元気な声。
俺は慌てて、柱に寄りかかってスマホを取り出した。
さも、待ち合わせか何かをしているフリ。
俯き加減で、俺の横を走り去った車を見る。
登は見るからにお坊ちゃまだったし、息子の元妻にマンションを与えるところを見ると、かなり裕福だろう。
登……。
名前だけでは思い当たらない。
つーか、登母が言っていたりとが考えることとは?
いい話のはずがない。
登の母の提案か願いで、りとにとって嬉しい話なんてあるはずがない。
きっと、マンションを与えてもらっているからと、りとが断れないような話なのだろう。