偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~
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翌土曜日、八時三十分。
俺はTシャツにジーンズ、べっ甲フレームの眼鏡姿というラフな格好で、りとの部屋のインターフォンを押した。
すぐに、ドアが開く。
すっぴんにくすんだピンクのTシャツを着たりとは、やはり年上には見えない。
「おはよう」
「おはよう……ございます。あの――」
「――しっちょーだ!」
りとの足の間から、力登が顔を出す。
「こら、りき!」
力登に押されて、りとが片足を上げる。
「しっちょー!」
力登が俺の足に飛びついてきた。
裸足で。
俺は彼を抱き上げた。
口の周りに何かのカスがついているが、本人は全く気付かず、というか気づいていても構わず、満面の笑顔。
「おはよう」
「おは!」
「ご飯は食べたか?」
「おう!」
「美味かったか?」
「ぎゅーぎゅーのんだ!」
「ぎゅーうーにゅーうー」
「ぎゅー――」
俺の真似をして、力登が唇を尖らせる。
「――うにゅ~」
なぜか語尾が上がる。
まあ、いいだろう。
「力登、今日は俺と遊ばないか?」
「おう!」
「ママがいなくても、いいよな?」
「おう!」
「室長、なにを――」
「――というわけで、りとは出かける準備をしろ」
「は!?」
一週間ぶりの、会話。
この一週間、りとは俺を避けた。
挨拶や仕事の会話はあっても、必ず他の誰かがいたし、それですら、目も合わせようとしなかった。
想定内の反応ではあったが、いい気はしない。
だが、俺は俺で忙しく、女の尻を追いかけ回す暇などなかった。
訳がわからず呆けているりとを押し退け、力登を廊下に下ろす。
「力登、おむつを持って来い」
「おう!」
ペタペタと廊下を走る音が遠ざかる。
「室長、どういう――」
後ろ手にドアを閉めると、りとの腰を抱き寄せてキスをした。
チュッと、軽く。
そして、わずか数ミリだけ唇を離した。
「――力登と男同士の付き合いをしようと思って」
「なんで……です――」
彼女の言葉を遮り、もう一度キスをする。
今度は、しっかりと唇を合わせる。
「――っ室長! 力登が――」
「――あんたは十時までにここに行け」
りとを抱いていない方の手で、自分のポケットからメモ紙を出し、彼女のポケットに突っ込んだ。
「だから、何なんですか!?」
ドンッと彼女の拳が俺の胸を叩く。
俺は一歩下がって、彼女を手放した。
「後悔してるのか?」
「何を?」
「俺と寝たこと」
「そっ――いうことを――」
りとが室内に目を向ける。
聞かれていたとしても、力登には意味がわからない。
なのに、息子の気配をひどく気にする。
「――公私混同する気はないが、上司に挨拶するのに目も合わせないのは、どうかな」
「~~~っ」
「それとも――」
りとの耳元に顔を寄せる。
だが、指先も彼女には触れない。
「――顔を見ると思い出すか?」