偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~
 小さいうちに甘いものを覚えさせると、偏食になりがちだと何かで見て、まだ早いと思っていた。

 チョコレートや飴も、まだだ。

 なにをもってそろそろいいかと思うのかはわからないが、きっと喜ぶだろう。



 初めてのケーキも、初めてのケーキをしっちょーと食べることも。



 理人は甘いものを食べるだろうか。

「いらっしゃいませ」と、カウンターの向こう側でケーキをショーケースに並べている若い店員さんが顔を出した。

 中世的な顔つきで、アイドルのようだ。

「お持ち帰りですか?」

「あ、はい」

 ショーケースの奥にテーブルセットが見える。

 カフェスペースもあるようだ。

 私はショーケースの前に立ち、じっくりと見た。

 私もケーキを食べるのは久しぶりだ。

 お腹が鳴る。

 端から順番に見ていって、メニューカードに添えられた吹き出し型のポップが目に留まる。

『当店人気No.1! 王道ショートケーキ』

 真っ白なクリームにのった真っ赤なイチゴが映える。

「ショートケーキをひとつと――」

 店員さんがトレイとトングを持ってショーケースを覗き込む。

「――くまさんショートをひとつ」

 クマの形のチョコプレートがのった、五センチ角くらいの小さなショートケーキを指さす。

 力登が喜びそうだ。

 それから、とケーキを眺める。

「プリンアラモード」

 ないだろうが、ケーキがお気に召さなかった時に備えてプリンも買う。

「あと……」

 理人には、何がいいだろう。

 モンブラン、チーズケーキ、ティラミス、ガトーショコラ、フルーツタルト。

 どれも美味しそう。

 力登のケーキより悩んでしまう。

 店員さんがトングを持って注文を待っている。

「あの――」

 こういう時は人頼みだ。

「――そこまで甘いものが得意じゃなくても食べられる、お勧めはどれでしょう」

「甘くないのはチーズケーキと、コーヒーロールです。あと、お酒が好きな方にはブランデーケーキをお勧めします」

 店員さんが指さしたブランデーケーキは、パウンドケーキ。

 当然だが、ブランデーが入っているからと言って見た目にはわからない。

「チーズケーキとブランデーケーキをください」

 店員さんがケーキを箱に詰めている間、私はレジ横に置かれたショップカードを一枚、バッグに入れた。

 食べてみたいケーキがたくさんある。

 もうずっと、こんな風に食べ物にわくわくするようなことはなかった。



 自分で思うよりも、余裕がなかったのかも……。



 たかが美容室。

 でも私には、ベタな言い方だが魔法をかけられたように、少しだけいつもと違う自分のつもりで、甘い香り漂う真っ白な箱を受け取った。

 保冷剤が解ける前にと、足早に家に帰る。

 二人はお昼ご飯を食べただろうか。

 力登がロールパンを持って行くと言って抱きしめていたのを思い出す。

 力登に「あげっか」と言われれば、きっと彼は手を差し出す。

 その様子を想像すると、自然と笑える。

 家に帰るだけなのに、こんなに気持ちが昂るなんて、私も極端だ。

 心地良い秋風が吹く。

 少し髪を切っただけなのに、頭が軽い。

 自然に顔が上向き、髪がなびく。

 さっきまでモヤモヤしていた気持ちが、風に吹かれて飛んで行った気がした。


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