偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~
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「力登」
「おう!」
「俺の名前、知ってるか?」
「おう!」
いや、知るわけねーか。
「り、ひ、と」
「?」
「俺の名前」
「しっちょー」
「それは肩書」
「?」
「り、ひ、と」
「りーと」
「それじゃママの名前だろ」
「ママは?」
しまった。
せっかく、ママがいないことを忘れていたのに。
「疲れたか?」
「いえいえ!」
嘘つけ、と思った。
俺の胸にぺたりと頬をくっつけて、うとうとしかかっている。
なんの面白みもない俺の部屋に、力登が飽きるのは当然だった。
りとに渡されたバッグに入っていたアニメを一時間ほど見て、力登のリュックに入っていたお菓子を食べた後、突然「ママは?」と聞いてきた。
そして、とても不安そうに瞳を潤ませたから、外に連れ出した。
近所の公園は小学生くらいの子供ばかりで、まだ二歳の力登を遊ばせるには危ないと判断した。
そして、苦肉の策で駅の向こう側にあるペットショップに連れて行った。
俺自身、動物に興味はないが、駅構内の広告で存在は知っていた。
なにせ、様々な種類の犬が小さい順に整列している写真だ。
いやでも目を引いた。
ガラス越しに眺めるだけでも喜ぶのではないかと思って連れて行ったのだが、予想以上に大興奮で、ガラスをドンドン叩きだしたから焦った。
触れあいスペースがあるから遊んで行かないかと店員に促されて店内に入ってから、気づいた。
力登にアレルギーがないか、聞くのを忘れた。
だが、時すでに遅し。
囲いの中から物珍しそうにこちらを見ているコーギーを見た力登は、何のためらいもなく手を伸ばした。
手をペロペロと舐められて喜び、頭をぐりぐりと撫で、店員に優しく撫でるように言われている。
アレルギー症状が出たらどうしようかと思いながらも、くしゃみもしなければ目をかゆがったりもしない力登に、ホッとした。
そして、一時間ほど犬たちと遊び、疲れ果てた力登は、店を出てすぐに抱っこをせがんだ。
で、今マンションの目の前までやって来た。
力登が俺のことを「しっちょー」と呼ぶことに店員が首を傾げていたのを思い出し、名前を呼ばせてみようと思ったが、眠たくなっている今はその時ではなかったようだ。
すーっと穏やかな寝息が聞こえ、力登の身体がずしりと重くなる。
腕に感じるおむつの重みと温かさから、帰ったらまずおむつを取り替えなければと思う。
「お前、いい子だな」
りとがどれほど大切に育てているか、よくわかる。
りとが登と離婚していなかったら、こんな風に真っ直ぐに育っていなかったかもしれない。
「いい子だな……」
力登の頭を撫でた。
柔らかい毛が、汗でしっとりしている。
「おいっ!」
いきなり大声が聞こえ、思わず力登の頭を抱えるようにして顔を上げた。
登――!