偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~
登が仁王立ちでマンション前にいる。
「どうしてお前が力登といるんだ! りとはどこだ!」
ずんずんと近づいてきて、更に声を荒げる。
「大声を出すな」
「力登を離せ!」
「眠ってるんだ。静かにしろ」
登の声を少しでも遮断できるように、力登の耳を手で塞ぐ。
登は毛を逆立てた猫のように鼻息を荒くし、だが力登が眠っているとわかってふーふーと呼吸を落ち着けた。
「りとはどこだ」
「出かけている」
「子供を他人に預けて? なんて無責任な――」
「――信頼できる恋人は、元夫よりは他人じゃないだろうな」
「なんだとっ! 俺は力登の父親だ。離婚したって他人にはなれないんだよ。それに――」
早口で捲し立てた登が、不意にニヤリと勝ち誇った笑みを浮かべた。
「――もうすぐ捨てられるお前は、間違いなく他人だ」
その表情は、嘘やはったりを言っているようには思えない。
親を使って復縁を迫っている……ってところか。
先週、登の母親らしい女性がりとに言っていた考えてほしいこととは、恐らく復縁についてだろう。
離婚から今まで、りとは登の両親に借りがある。
そこにつけ込んで復縁を迫るとは、卑怯だ。
俺は奴をじっと見下ろした。
「既に捨てられたあんたには、関係のないことだ」
「なんだと――っ」
これ以上話すことはない。
俺は登を無視して、マンションのロックを解除した。
「りとに伝えろ。お前の父親に会ったと。お前に会いたがっている、と」
「は――?」
「知らないんだろ? りとの過去――」
振り向いた時にはドアは閉まっていて、その向こうで登が意味ありげに笑っている。
りとの、父親――?
りとが子供の頃に離婚したと聞いた。
そういえば、母親は死んだと言っていたが、父親については何も言っていなかった。
離婚後、一切の交流がなかったということか。
登のあの言い方だと、円満な関係にあったわけではないことは確かだ。
りとの……過去?
力登が腕の中で身じろぐ。
隠しきれない悔しさに唇をひん曲げながら、登は背を向けて去って行った。