偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~
「ケーキ、好きですか?」
理人の目を見ないまま、身体を半回転させる。
箱を取り出そうと紙袋に伸ばした手を、後ろから握られた。
「好きだよ」
耳元で囁かれ、カッと身体が熱くなる。
力登より、熱いのではないだろうか。
「……っ!」
もう片方の手が、私の腰を抱く。
「ちょ――」
「――あまり甘くないものなら」
からかわれた。
私は、腰の手をピシャリと叩いた。
「ブランデーケーキっていうのを買ってみました」
くくくっと笑う、彼の吐息が耳をくすぐる。
「哉華が俺と親しい関係だと聞いて、気になったか?」
私が意識していると分かっていて、耳元で話し続ける。
彼の腕の中から抜け出ようとするも、握られた手も抱かれた腰も離してもらえない。
「関係ありません」
「寂しいことを言うんだな」
「寂しくなんか、ないくせに」
悔しい。
彼を、彼の一挙一動を、彼の過去を気にする自分が、嫌だ。
それを見抜かれているのも。
握られた手が、離れる。
が、寂しいと思う間もなく、指の間に彼の指が差し込まれた。
「姉だ」
「……え?」
「哉華は姉だ。聞かなかったのか?」
あ……ね?
ハッとした。
言われてみれば、雰囲気が似てる気がする。
目元、とか。
「からかわれたんだろ。俺が女のために予約を頼むなんて初めてだから」
「頼んだ……? 頼まれたんじゃ――」
急に彼の手が私をはなした。
「――コーヒー淹れるか」
「ちょ――」
今度は私が彼の手を掴む。
「――なんで?」
振り向いたが、視界が真っ暗になった。
理人の手が、私の目を覆ったから。
「深い意味はない。先週、美容室に行こうとしてたのにベッドに引っ張り込んだのは、俺だからな」
今、彼はどんな表情をしているのだろう。
自分で吐いた嘘なのに、自分からうっかりばらしてしまうなんて、社長秘書らしくない。
「ありがとうございました」
「いや……。くそっ」
三十センチでも離れていれば聞こえなかったくらい小さな声。
「かっこわる……」
全然、格好悪くなんかないのに……。
男の思う格好良さは、女には理解できない。
けれど、私相手に格好つけようとしてくれたその気持ちが嬉しい。
「ありがとう……」
彼の手に、自分の手を重ねる。
彼の腕の中は、安心できる。
力登を抱いている安心感とは、違うもの。
理由は、わかっている。
でも、わかっていることを、認められない。
大事なものが増えるのは、苦しいから。
「りと」
「……?」
「さっき――」
言葉が途切れ、私はじっと続きを待つ。
が、私を抱く腕に少しだけ力が入り、けれど、言葉は紡がれない。
「理人……?」