偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~

「どれだろう……」

 ショートケーキは好きだけど、力登がもっと食べたいと言うかもしれない。さっきも、イチゴに反応していた。

 プリンアラモードは、力登が生クリームをお気に召さなかった時のために残しておきたい。

 モンブランは……あまり食べたことがないけれど、艶のある和栗が美味しそうだ。

 チーズケーキも長く食べていないから食べたいけれど、甘くないそれは理人の二つ目に取っておくべきだ。

 ティラミスとガトーショコラなら、力登は間違いなく食べないし、理人が食べたがるようにも思えない。



 いや、ガトーショコラは食べるかも……?



 じゃあ、フルーツタルトだろうか。

「考えすぎ」

「え?」

 指で眉間を突かれ、顔を上げる。

「好きなケーキは何かを聞いたんだ。ひとつを決められないならふたつ言えばいい。そんなに悩むことじゃないだろう? この中にないものでもいい」

「あ、そっか」

 理人がため息を吐く。

「あんたはいつも、自分そっちのけだな」

「え?」

「どうせ、力登が食べたがるかもしれないとか、俺でも食べられそうとか、消去法で考えてたんだろ」

「……」

 ぎゅるぎゅるっとお腹が鳴った。

 私は、両手でお腹を押さえる。

「ほら、一番好きなケーキは?」

「王道ショートケーキ」

 理人がぷっと小さく吹き出した。

「王道なのか」

「やっ! そういう名前だったの」

「じゃあ、それを食え」

「でも――」

「――力登がもっと食べたいと言ってもこれ全部は多いし、違うのも美味しいって教えてやったらいい。我慢も、な」

 理人が笑いながら、自分のブランデーケーキを取り出すと、お皿にのせた。

「ほら、皿。イチゴが落ちるぞ」

「え、やだ」

 慌ててお皿をケーキの下に差し出す。

 無事に、イチゴがのったまま着地した。

「やだ、だって。可愛いのな」

 彼は自分のブランデーケーキを取り出すと、お皿にのせた。

「あとはしまっておくぞ」

 蓋をして、箱を冷蔵庫に持って行く。

 その姿を見て、涙が出そうになった。

 些細な、ことだ。

 好きなケーキを聞かれた。好きなケーキを食べろと言われた。

 ただ、それだけ。

 それだけなのに、胸が苦しい。

 嬉しすぎて、苦しい。

「ママ、まだぁ?」

 力登の声に、冷蔵庫を閉めた理人が振り返る。

 当然、彼を見つめていた私と、視線が絡む。

「りと?」

「食べようか」

 うまく笑えているだろうか。

 自信がなくて、彼に背を向けた。

 ケーキを持って力登の隣に座り、くまの顔を息子に向けてお皿を置いた。

「ママ、あーん」

 いつもは自分で食べたがる力登が、私に向かって口を開ける。

「やっぱり、寂しかったんだな」

 理人がポツリと言うと、ケーキにフォークを入れた。

 無意識に頬が緩む。

 あっさり出かけていったから、私の方が寂しかった。

 くまのチョコプレートを避けてフォークでケーキの端を掬い、息子の口に運んだ。

 力登はパクッと口を閉じ、私はフォークを引き抜く。

「う〜っ!」

 瞳を大きく開くと、唸り出す。

 モグモグというより、クチャクチャと音を立てて、口の中で舌を動かしているらしい。

 そして、ぴょんっと立ち上がると、私の膝に跨る。

「んまっ!」

「気に入った?」

「おう! あーんっ」

 もうひと掬いして、口に入れる。

「りき、食べすぎると虫歯になるぞ?」

 理人がテーブルに肩肘で頬杖をついて私たちを見ている。

 その姿がCMやドラマのワンシーンのようで、思わずドキッとした。

「あーん!」

「力登、ママが食べられないだろ。俺んとここい」

「やっ! ママ、あーん」

「なんだよ、さっきまで俺から離れなかったくせに」

 少しだけ唇を尖らせる理人に、ふふっ笑ってしまう。

「じゃ、ママはこっち」
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