偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~
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「え!? 嘘っ!」
「ホントだって! 写真も見たし」
「ショック~」
仕事中に集まってこそこそとお喋りする女性社員に、無意識に眉間の皺が深くなる。
今日は朝から、社員たちがざわついている。
横目でじろりと彼女らを見ると、ピタリと声が止んだ。
そして、こそこそと逃げていく。
ったく――。
仕事を何だと思っているのか。
俺は眼鏡のブリッジを上げ、足早に廊下を進んだ。
目指すはシステム部セキュリティ課。
「どうだ?」
「お前、親友の顔を見るなりそれかよ」
くるりと椅子を回転させ、欣吾がため息交じりに言った。
珍しく髪を切ったらしい。
こざっぱりとしている。
「前置きはいい」
「いや、それはお前が言うことじゃないだろ」
「欣吾」
レンズ越しに彼を見据えると、またため息をつかれた。
「はいはい。つーか、これ、お前の仕事か?」
俺は差し出された封筒を受け取り、中を見る。
A4サイズの紙が数枚と、USBメモリがひとつ。
その数枚に、ざっと目を通す。
「お前を使うのは俺の特権だろう?」
「皇丞といい理人といい、俺の扱い酷すぎな」
「親友なんだろ?」
欣吾が子供っぽく唇を尖らせた。
「なら、言うべきことがあるだろ」
「なんの話だ」
欣吾が立ち上がり、ずいっと俺に詰め寄る。
「お前に子供がいるなんて、聞いてない!」
子供?
「……いないからな」
「知ってる」
欣吾がフンッと鼻息を荒くしながら、頷いた。
「なんなんだ」
意味がわからない。
欣吾は首を捻りながら椅子に戻る。
そして、顔の前で両手を組み、大袈裟に瞬きをした。
「俵室長ってご結婚されてるんですかぁ? お子さんもいらっしゃるって本当ですかぁ?」
気持ち悪い声色でそう言うと、パッと手を離した。
「って聞かれたんだよ、今朝。名前も知らない女子社員から」
「……は?」
「気をつけろよ? 火のないところを煙で充満させられるのが女の口と妄想だ。ま、俺に言われるまでもなく、お前の方がよくわかってるだろうけど」
「業務に支障がなければどうでもいいな」
社内の女にどう思われようと気にならない。
それよりも、無駄口を叩いてないで働けと言いたい。
「ま、結婚願望もなければ子供も嫌いなお前になんでそんな噂が立ったかは知らないが、面倒ごとに巻き込まれるなよ?」
「……ああ」
欣吾の言葉に違和感を持ちながら、システム部を出て、エレベーターに向かう。
すれ違った女性社員の視線を浴び、欣吾が聞かれたような内容の噂が確かにあるらしいとわかった。
ひそひそと話しているつもりらしいが、要所要所の単語が耳に入る。
「――隠し子って――未婚の――」
「――バツイチなん――不倫とか――」
欣吾の言ったとおりだ。
いや、それ以上だ。
火がないのに煙が社内に充満している。
煙だけで焼死体を作るつもりかというほどの妄想力と拡散力だ。
その能力を、仕事に活用できないのか……。
エレベーターで重役フロアに上がると、開いた扉の目の前に、りとがいた。皇丞と共に。
「お疲れ様です」
あくまでも秘書として、礼を尽くす。
「お疲れ」
皇丞もまた、上司として返事をした。
エレベーターを降り、端に立ち、扉が閉まらないように手を添える。
皇丞が乗り込み、りとが乗り込む。
「ありがとうございます」
手を離そうとした時、皇丞と目が合った。
「理人。ニヤけんな」
はっ!?