偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~
ニヤけているのは皇丞だ。
だが、思わず移してしまった視線の先で、りとがいたたまれなそうに俯いている。
扉が閉まる。
俺は自分の顎に手を当てた。
ニヤけて……たか?
ンンッと喉を鳴らした。
皇丞のことだ。
噂を聞いて、からかっただけだろう。
噂……。
りとも聞いたのだろうか。
俺に子供がいるなんて、デマ。
そもそも、どこからきた噂だ?
土曜日に力登と一緒にいるのを、社の人間に見られでもしたのだろうか。
なら、りとの子なのはバレてないな。
深呼吸をして、気を引き締める。
背筋を伸ばし、顔を上げ、社長室へと向かった。
ノックをして、返事の前にドアを開ける。
授業中に、教科書の内側でスマホをいじっていたのがバレた子供のような慌てぶりで、社長がタブレットを伏せ、代わりに俺が数十分前に渡した資料をペラペラめくる。
さすがに資料が逆さまなのにはすぐに気づいて、正した。
「社長、可愛いベビー服は見つかりましたか。あ、高性能ベビーカーでしたか」
「……」
資料で顔を隠す我が社の代表取締役は、初孫へのプレゼント探しにはまだ早いと何度言っても聞く耳を持たない。
「勝手に買って皇丞に怒られる前に、私に相談してください」
「俵っちも怒るじゃん」
じゃん、って……。
孫と友達のように仲良くなりたいとかいう理由で、社長は若者の真似をし出した。
それがとんでもなく間違った方向に進んでいると話しても、効果はない。
いや、それより『俵っち』をやめさせるべきだな。
「私と皇丞ニ人に怒られるのと、私一人に怒られるの、どちらがいいですか?」
「……」
「副社長にも叱っていただきますか」
「梓ちゃんのマタニテー――妊婦服を買いたいんだもん」
これでは、若者ではなく子供だ。
生まれてくる子が言葉を覚える頃には、精神年齢が同じくらいになっているかもしれない。
世代交代を急ぐべきか。
「そういうものは皇丞と寿々音さんにお任せすべきです。ただでさえ、女性の服なんて選べないでしょう」
「俵っちは彼女に服をプレゼントしたりしないのか?」
「しませんね」
「サイテー!」
誰の真似か知らないが、社長が両手を握って口元に当て、肩を竦めて言った。
これでは、孫も懐くまい。
「服を贈りたいと思えるような女性がいたら、そうします」
「脱がしやすい服?」
「当然でしょう」
「俵っち、うちの孫娘には指一本触れさせないからな!」
どうしてこう、父子揃って女と決めつけるのか。
二人の立場的には、男を望むもんじゃないのか……?
「こちらから触らなくても、お孫さんから触れてきた場合は遠慮はしませんよ」
大人げなく挑発に乗って、口元に笑みを浮かべてみる。
すると、社長は急に真剣な表情で俺を見据えた。
「世界で勝率トップの弁護士をもって相手になろう」
なに、格好つけてんだか……。