偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~
「……離婚歴があって妻に子供を押しつけた。弄んで捨てた女性が秘密裏に出産していた。不倫の末に妊娠させたが、夫の子供として育てさせている」
普通に、離婚後に妻が子供を引き取った、という話はないのか……。
「そこまで言われると、むしろ清々しいですね」
言葉とは裏腹に、俺は憮然とした表情で言った。
負けじと、又市さんも無表情を貫く。
「そんな悪い男でも、室長なら弄ばれたいそうです」
「……それは、光栄だと思うべきですかね」
「そうですね。おモテになるという事実には変わりありませんから」
眉ひとつ動かさずにそう言われると、本当に俺がろくでもない男だと思われているようだ。
「事実をお伺いしてもよろしいですか」
「事実?」
「土曜日に室長が腕に抱いていらしたお子さんは、室長のお子さんですか」
珍しいな、と思った。
これまでも、又市さんは噂に惑わされたり、浮き足立ったりすることはなかった。
むしろ、業務に不必要な情報には興味を示さなかったように思う。
とはいえ、気になっても当然だよな……。
「違います」
「そうですか」
「はい」
じゃあ誰の子供か、と聞かれるだろうか。
少し、身構えた。
その場を動こうとしないところを見ると、まだ何か話があるのだろうと。
又市さんが数回瞬きをしながら、すぅっと息を吸った。
「室長」
「はい」
「もうひとつの噂はご存じですか」
「もうひとつ?」
「はい。如月さんに関するものです」
りとの噂?
自分でもわかりやすく、表情を変えてしまった。
いつもの俺らしくない。
すぐさま、表情を戻す。
そこで、スマホのアラームが鳴った。
社長の外出の時間だ。
同時に、出ていた女性秘書二人が戻ってきた。
俺の席の正面に立つ又市さんを見て、何かあったのかと探るような視線を向ける彼女たちに「お疲れ様です」と言うと、俺は立ち上がった。
「お疲れ様でぇす」
好奇の視線に少しだけイラついた。
間延びした挨拶はやめるようにと言おうか一瞬だけ考え、やめた。
時間がない。
「社長と出てきます。スケジュールに入力済みですので」
「行ってらっしゃいませ」
「又市さん、報告の続きは歩きながらお願いします」
「畏まりました」
差しっ放しのUSBを抜き取り、パソコンを閉じる。
USBはジャケットのポケットに入れ、足元の鞄をチェックすると、持って出た。
又市さんが後に続く。
俺は何も言わなかった。彼女も。
そして、社長室手前の応接室に入った。
又市さんがドアを閉めると同時に振り返る。
が、彼女が俺とすれ違うように部屋の中に進み、俺は身体の向きを戻した。
「又市さん、急かして申し訳ないが――」
又市さんがくるりと振り返ると、真剣な表情で言った。
「――如月さんが以前仕えていた役員と不倫関係にあった、という噂が流れています」
不倫――?