偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~
「今は、東雲専務の愛人ではないか、とも」
驚いたとか、ショックを受けたとか、そういう感情じゃない。
誰のことを言っている? と聞きたくなるほど、真実味のない話。
噂とは往々にしてそんなものだが、それにしても突拍子もないというか、面白いほど真実味がない。
あの、りとだぞ……?
器用そうに見えて不器用で、頑固で、驚くほど男慣れしていない。そんな彼女が不倫をしていたなんて、信じられないというよりもあり得ない。
その上、皇丞の愛人だなんて地球上に皇丞とりとしかいなくなっても、あり得ない。
梓ちゃんがいない時点で、皇丞は廃人同然だろう。
それに――。
「如月さんは東雲専務がお連れになった方です。当然、職歴も調べています」
これについては、確認した。
りとが提出した履歴書の内容が事実か、退職時にトラブルがなかったか、など。
だが、そうしなくても、りとの経歴に傷がないことはわかっていた。
「わかっています」
又市さんは当然のように、俺の言葉に頷いた。
「私は噂を信じてはいません。ですが、そういう噂があり、信じている人間が一定数いるのは事実です」
「噂の出所はわかりますか?」
「……憶測でしか――」
「――構いません」
「鹿子木さんの可能性があります」
鹿子木――!?
「彼女は本気で東雲専務か俵室長との縁を望んでいたようですから」
「私――ですか?」
入社時は色目を使ってきたことがあったが、一切寄せ付けずにいたら諦めたようだった。
それからは、皇丞に狙いを絞っていた。
「室長のご実家について、知っていたようです」
勤務中であることも忘れて、思わずはぁと盛大なため息をついてしまった。
「希望していた東雲専務の秘書となり、俵室長一目置かれる如月さんのことを、かなり嫌っていました。秘書室内で彼女の陰口を言っているのを聞いた時に叱責したのですが、効果はなかったようです。申し訳ありませんでした」
又市さんが深々と頭を下げた。
「又市さんにはなんの責任もありません。それよりも、噂の出所が鹿子木さんだと思った根拠はなんですか?」
「今朝、女性社員が話していたのを聞いたんです。鹿子木さんからの写真付きのメールを見たか、東雲専務ともそういう関係なのか、といった内容でした。すぐには何のことかわからなかったのですが、室長と如月さんの噂が同時に広まって、繋がりました」
なるほど。
俺は腕時計に視線を落とした。
「噂について、内容や出所について調べてみます」
「お願いします」
「はい。行ってらっしゃいませ」
一礼する彼女に背を向け、俺は足早に部屋を出た。