偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~

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「今日、如月さんと出かけたんだけどさ――」

 視線を上げた弾みで、指先を冷やすグラスの中の氷が傾く。

「――彼女、運転も上手くて。あ、彼女が運転する車に乗ったことあるか?」

 聞かずともわかっているだろうことを得意気に聞く友人に、苛立つ。

「俺が運転するって言ったんだけど、秘書の役目だからって言ってさ? ホント、秘書の鏡だよな」

 カウンターに肘をついて、わざわざ俺の方に身体を向け、頬杖を突く皇丞を睨みつけたいが、そうはしなかった。

「そんなことを言うために呼び出したのか」

 ウイスキーを口に含む。

「上司として、部下の仕事ぶりは気になるだろ? 上司として」



 上司として、ね……。



 二度も言われたら、さすがにムッとする。

 そのせいで、グラスを置く手に力が入ってしまった。

「仕事の話なら勤務中になさるべきでは? 専務」

 俺はネクタイを勢いよく引き抜き、畳んでポケットに入れた。

 ワイシャツの一番上のボタンも外す。

 皇丞から、話があるから残業するなとメッセージが届いたのは、外出する奴とりとにエレベーター前で会った数分後。

「さっさと用件を話せ。梓ちゃんが待ってんだろ」

 グラスと一緒に出されたアーモンドをバリバリ噛んでウイスキーを流し込む。

 早く帰りたい。

 腕時計をチラリと見ると、十九時ちょうどだった。

 力登はもう晩ご飯を食べただろうか。

 さすがに寝てはいないだろうから、今から行けば起きているうちに帰れるだろう。

 りとが噂を知っているか、知っていたらどう思ったか、聞きたい。

 皇丞はノンアルコールのビールを一口飲み、俺同様にネクタイを外した。

「如月さんはまだ知らないみたいだぞ」

「何を」

「社内での噂」

「……っ!」

 そんな気はしていたが、やはり皇丞の話とはその件だったか。

 皇丞が社に戻ったと聞いて部屋に行った時、りとは既に退社していた。

 秘書室で待っていれば良かったと思った。

「彼女を早めに帰したのは、そのせいか」

「帰り際に知るには、重いからな」

「……」

「明日には耳に入るだろう。そうでなくても、好奇の視線に気づくはずだ」

 俺はジャケットの内ポケットから財布を取り出し、五千円札をカウンターに置いた。

「お疲れ」

 早く帰らなければ。

 財布をポケットに戻しながら、立ち上がる。

 そして、グラスに残っているウイスキーを飲み干した。

「理人、彼女は俺の秘書だ」

「だからなんだ」

『俺の』と言われて、思わず皇丞を睨みつける。

「お前が遊び相手にするには――」

「――お前にはっ! 関係ないだろ!」

 思わず、声が荒くなる。

 わかっている。

 今までの俺の女性関係は褒められたものじゃない。

 というか、下衆の極みだった。

 皇丞の女を寝取り、切り捨て、ヤリたい時に呼び出せる都合の良い女をそばに置いた。

 だから、皇丞が何を言いたいかはよくわかるし、そう言われても当然だ。

 それでも、彼女とのことを『遊び』だと決めつけられるのは黙っていられない。
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